「緑の巨人」
大学構内のグラウンド、多くの学生がスポーツに汗を流している。
その一画では、アメフト部が練習をしていた。
一段落して、脇のベンチに座り込み疲れをとる部員たち。
彼らは一斉に携帯電話を取り出すと、一斉に親指を動かし始めた。
身長180cm超、体重100kgクラスの筋骨隆々たる青年たちが小さな画面を覗き込む様は、異様といえば異様である。
しかし、一人だけ様子が違う青年がいた。
「ミトリュー、お前、またブログの更新か?」
部員が彼に声をかけた。
ミトリューと呼ばれたその青年は、アメフト部の中にあってもひときわ体が大きく、まさに山のような体である。
そんな彼の手には、画面の大きな白い端末が載っている。
その端末からキーボードをスライドさせると、ごつい親指で小さなキーボードをぽちぽちと器用に押していっている。
「ああ、さっき新機種を買ってきたからな、話題ができたら即書きしないとな。」
ミトリューがグランド脇の芝生の上に置いたかばんには、小さくて緑色のキーが付いた電話機が載っていた。
彼はかばんからその電話機を拾い上げると、その部員に向かってにやりと笑う。
【やばい!】
青年はそう感じたが、遅かった。
ミトリューのデジギア自慢が始まったのだ。
「なぁ、稲盛。これは、出たばっかりの新機種で、nico.って言うんだ。」
稲盛と呼ばれた青年は、苦笑いを浮かべる。
「あ、あぁ、良かったな。詳しくはまた後で…。」
「いやいや、待て待て。見てみろよ、このデザイン。枯れた技術で軽快にさらりとまとめ上げたシンプルな構成。こういうのも、技術の進歩を感じる、ナイス端末だよな。」
「…そうか?」
「そうだよ。片や技術の結晶とも言える機種。片や最低限の技術の取捨選択。こういう利用法の組み合わせがあるのも、ほかでは無いぞ。」
「まぁ、そうだな…。」
「ほら、持ってみろよ。これ、重さが67gしかないんだ、普通の機種の半分。こういうコンパクトで邪魔にならないのって、やっぱいいよな!」
「いや、お前が持つなら、何を持っても小さくて邪魔にはならないだろ…。」
「ああ、確かにそうかもな!なはははは!」
ミトリューにあまり皮肉は通用していないらしい。
彼は続けて、先ほどのブログ更新に使っていた白い機種も並べて見せる。
「これも、実は出たばっかりなんだぞ。知ってるか?」
「いや…、知らん。」
そう言われて、ミトリューは目を丸くする。
目からビームでも出そうな迫力である。
「何だよ、お前、コレを知らないなんて、情報収集力なさすぎだぞ!」
「…あー…。」
稲盛は、いつもの事だと思いつつ、もうどうでもよくなってきていた。
「こいつは、ベストセラーになった前機種を大幅にコンパクト化したモノなんだ。」
「コンパクトねぇ…、でかいじゃん。」
「そうなんだよ、いつも使うにはでかくて重いんだ。だからこそ、普段はこっちを使うってわけよ。」
「…いや、お前のパワーで、でかいとか重いとか言うな…。」
「まあな、なはははは!」
ミトリューはまたしても豪快に笑った。
「水戸先輩!そろそろ練習再開しましょう!」
やや離れたところから、アメフト部員の一人が声をかけた。
「はぁ、助かった。」
稲盛は思わずそう漏らした。
「ん?何がだ?」
「いや、何も。それより、さっさと片付けて練習始めるぞ!」
そう言うと、そそくさと立ち上がり、稲盛はグラウンドへと駆け出して行った。
「まったく…、いつもせっかちな奴だ。」
落ち着いた口調でそうつぶやくと、ミトリューは先ほどの白い端末の画面にぺたぺた触り、何か作業を片付けた。
「よし、更新も終わったし、練習行くか!」
二台の新機種を丁寧にかばんにしまうと、ミトリューもまたグラウンドへと駆け出して行った。
部員たちが去った後、黒服に身を包んだ謎の男が、芝生に放り出してあるかばんへと近寄ってきた。
端から順に、かばんを見渡している。
「ほう…。なかなかの波動を感じる。」
一つのかばんに目を止めると、黒服はそれに近付き、手をかざした。
「目覚めよ、黒き波動を持つ者!お前の名はドクオニース!」
かばんの中で何かが震えた。
「くっくっく…。」
黒服は不気味に笑うと、グラウンドから姿を消した。
一方その頃、学生食堂では、萌々子が友人とペットボトルをすすりながらnico.を自慢していた。
「ねー?これ、かわいいでしょ?洋子、あんたもこれ、買いなよ!通話無料だってよ!」
洋子と呼ばれた女性は、眼鏡の奥で少々、困ったな、という目つきになった。
「え…、でも…、高いんでしょ?2台も持てないよ。」
「え?全然高くないよ、6800円。」
その値段を聞き、洋子は思わず目を逸らす。
また、萌々子に視線を戻す。
「毎月そんなに払えないよ。それに、ほとんど電話ってしないから、毎月4000円しないくらいだし…。」
「え?毎月!?」
洋子の話を聞き、今度は萌々子の目つきが変わる。
「え、6800円って買う時だけじゃないの!?」
そう言うと、萌々子はかばんの中をあさりだした。
何かに気付き、洋子が口を出す。
「ん、ねぇももちゃん、それって、電話機の値段だよね?あたしが聞いたのは基本料なんだけど…。」
「基本料?何それ?」
どうやら、本気で知らないようだ。
洋子は苦笑いをしながら、左の頬を人差し指でぽりぽりと掻いた。
「ももちゃん、電話を使うには毎月使用料を払うでしょ。お店の人、料金プランとか、何か言ってなかった?」
「料金プラン…?ああ!」
やっと思い出したようだ。
萌々子はかばんからやけに小さく折りたたんだパンフレットを取り出し、表紙をめくって洋子に見せた。
「これよ、これ!お店の人が、通話もメールも定額です、って言ってたのよ!」
洋子はパンフレットを受け取ると、真剣な目つきで読み始めた。
先ほどまでとはうって変わって、鋭い眼光を放っている。
「…。」
何もしゃべらなくなった。
「…あの…、洋子?」
「ちょっと黙ってて!」
「あ、…うん。」
萌々子は、しまったなー、と思った。
洋子は節約大好きっ子なのだ。
「すごいね、これ!」
洋子は唐突に顔を上げ、萌々子に話し掛けた。
「基本料2900円だけなんだ!すごいね!」
「…あ、うん、すごいでしょ?…どう?洋子も買わない?」
しかし、何故か洋子の表情が急速にしぼんでいった。
「…うん、…でも、家族割とかあるし、お父さんに相談しないと、すぐには変えられないよ…。」
「むぅ、そっか、そう来るか。しょうがないなぁ…。洋子と話し放題したいんだけどな…。」
そう言われて、洋子はさらにしょんぼりしながら返事をする。
「ほんと、ごめんね。お父さんに頼んでみるよ。」
「うん。あ、とりあえず、番号だけは教えておくね。」
萌々子はそう言って、改めてnico.を洋子に渡した。
受け取った洋子は、かばんから相当年代を感じさせる端末を取り出し、アドレス帳に登録をするのだった。
グラウンドでは、アメフト部が練習を終えていた。
TシャツとGパン姿の屈強な男たちが20人近く、ぞろぞろと並んでいる姿は、何となく恐ろしい。
「よし、稲盛、これからお前のnico.を契約しに行くとするか!」
何故かミトリューはめちゃめちゃ張り切っていた。
「いや、ちょっ、待て待て!何で、いつの間にそう言う話になっているんだ?」
「何だよ、お前、さっきの説明でこれがいい機種だってことは分かったろ?別にどこぞのように3万とかしないから安心しろ。」
ミトリューは、にこにこしながら稲盛の肩を叩いた。
「いやいやいや。俺はこれから予定があるんだよ。ああ!メール見とかなきゃ!」
「…何だよ、彼女か?なら尚更、二人でこれを買って通話放題を楽しまないとな。2台だと安くなるぞ。」
ミトリューの営業台詞は更に回り、彼のにこにこ顔も更に輝きを強めた。
「あー、もー、勘弁してくれよなぁ。」
稲盛は逃げ出すようにかばんの所へと走り去った。
「何だよ、そんなに照れるなよなー。」
ミトリューは腕組みをして稲盛の背中を眺めていた。
「まったく、ミトリューのデジ好きにも困ったもんだよな…。」
稲盛はぶつくさ言いながら、かばんから自分の携帯を取り出した。
「メール来てるかな…。んん?」
メールキーを押すが、画面は暗いままだ。
「あれ?壊れたか?」
がつがつのメールキーや電源キーを押す稲盛。
その時、その携帯電話を中心に黒い闇が広がり、稲盛の全身を包み込んだ。
「な、何だこれは!?ぐわぁぁぁぁ!!」
少しの間、稲盛の悲鳴が続く。
しかしそれもすぐに止み、闇は晴れた。
そこには稲盛の姿はなく、スライド式の携帯電話の姿をした化け物が立っていた。
「ん?何だ?稲盛!?」
稲盛が闇に包まれてモンスターと化す様子を、ミトリュー以下アメフト部員たちが見ていた。
ミトリューはすぐさま稲盛のもとへと駆け寄る。
「おい!稲盛!どういうことだ!?おい!ぐわぁ!」
モンスターはミトリューが腕をつかむと、すかさず彼の顔面を殴り飛ばした。
「ぐぐ…、稲盛…、お前…。」
その時だった。
彼が握りしめるnico.が突然震え出したのだ。
「むっ!?何だ!?」
驚くミトリュー。
右手に持ったnico.を見る。
電話がかかってきている。
【誰にも番号を教えてないぞ、何でだ!?】
更なる驚きを受けながら、ミトリューは表示を読む。
”07025252525”
”八剱”
と表示されていた。
【やつるぎ…、ま、まさか!?】
八剱、その謎の電話に不思議な力強さを感じ取り、ミトリューは電話をとった。
「はい。」
「水戸龍一さん。あなたは選ばれた戦士だ。ニコレンジャーとなり、悪と戦って欲しい。」
「え!?」
ミトリューには、何が何だか分からなかった。
しかし、電話の向こうから伝わる声は、優しく、力強く、ミトリューを勇気づける。
「このnico.をかざして下さい。正義の戦士、ニコグリーンに変身するのです。」
「分かりました!」
ミトリューは素直に声に従った。
その声が正しいと、何故か確信していた。
正面を見るミトリュー。
目の前にはスライド携帯モンスターが迫っている。
ミトリュー、勢いよくnico.を振り上げる。
「チェンジ!ニコレンジャー!!」
右手が振り上げたnico.から光の粒が舞い、ミトリューの体を包みこむ。
次の瞬間、ミトリューは緑色のバトルスーツに身を包んでいた。
「これが、ニコレンジャー?」
「す、すごいパワーを感じる。このパワーでモンスターを倒せってことか?」
その時、また声がした。
先ほどの男の声だ。
「そうですニコグリーン。ニコハンマーで邪悪な波動を打ち払うのです。」
「ニコハンマーか、OK!」
ニコグリーンは右手のnico.を構えると、大きく一声、ニコハンマーを発動させた。
「ニコハンマー!!」
緑のnico.が大きく伸び、そして膨らむ。
その周囲には、神聖な輝きが広がる。
「おい、稲盛!すぐに元に戻してやるからな!」
ニコグリーンの変身、ニコハンマーの出現に、モンスターは驚き戸惑っていた。
ニコグリーンは、アメフト仕込みの猛突進で、一瞬のうちにモンスターの懐に入っていた。
「くらえぇぇい!」
巨大なハンマーがモンスターの胴体を捕らえる。
もはや、反撃の余地は微塵もない。
「ぐぅおぁぁぁぁ!」
モンスターはハンマーの直撃を受け、30mほど宙を舞った。
地面に落ち、転がり続け、やがて止まった。
転がりながら、その体からは黒いオーラが抜けていく。
次第にその体は元の稲盛青年の姿へと戻り、止まる頃には完全に戻っていた。
「大丈夫か、稲盛!」
ニコグリーンは全力疾走で駆け寄り、変身を解いて稲盛の肩をゆする。
その傍らには、単なるプラスチックの塊と化した電話機が、無惨に転がっていた。
「ミトリュー…、お前、馬鹿力で殴るんじゃねぇ…。がく。」
全身にすさまじいダメージを負ったと見えて、稲盛はそのまま気を失った。
「今のは、水戸君?彼もニコレンジャーなんだ…。」
グラウンドの芝生の手前に、萌々子が立っていた。
八剱司令の電話を受け駆け付けたのだったが、どうやら間に合わなかったらしい。
「すごいパワー…。」
萌々子は、ただ茫然とミトリューの背中を見つめていた。
(つづく)