あおいいえ思いついたお話とかいろいろ
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単発話:北風と太陽 17:37
NA 昔、北風と太陽は、そのプライドをかけて激闘を繰り広げたことがあった!

北風 よう、太陽の旦那、あんたちょっと光り輝いているからって、いい気になってないか?
太陽 ほう、これはこれは北風さん。あなたは毎日ふらふらと暇そうですね
北風 ふん、そのにやけ面も今日までだ。夜にはまったく役立たずになるお前さんを、昼間にも外を歩けない顔にしてやるぜ!
太陽 ほほほ、北風風情がずいぶんと大きく出たものですね。いいでしょう、その喧嘩、買ってあげましょう

NA 北風の挑戦的な態度に、太陽の闘争心にも火がついた!

北風 よし。じゃあ勝負の方法だ。あそこを歩いている旅人がいる、奴のマントを脱がせた方が勝ちだ。どんな手段を使ってもかまわねぇ
太陽 なるほど、ルール無用のデスマッチというわけですね、面白い。あなたに格の違いというものを見せて差し上げましょう
北風 ふっ、せいぜい強がってるがいいさ。見ていろ、一瞬で片を付けてやるぜ!

NA そう言うと北風は、太陽の前に出て大きく息を吸い始めた。辺りにすさまじい気流が生じる!

北風 行くぜ、これが北風様のスーパーブロウだ!ゴッド・ブレス!!
太陽 むっ!?こ、これはっ!?

NA 北風は、全肺活量を旅人のいる一点に集中させた。圧倒的な量の風の渦が旅人を襲う!しかし!

旅人 なめるなぁっ!この程度の風になど飛ばされはせん!!ぬおおぉぉぉぉ!
北風 くっ、人間ごときが粘りやがって…。まさかこの技を使う羽目になるとはな…。

NA 北風はそう言うと、更に強大な気流を集め始めた!

北風 食らえ、ファイナルブロウだ!ゴッド・スパイラル!!
太陽 な、何ぃ、これは。まさか、この国ごとすべてを吹き飛ばすつもりですか!?
旅人 何だと!?この風は?ぐっ、ぐおおぉお、こんなもの…、こんなもの…、こんなものぉぉぉぉ!!

NA 北風の最終奥義が渦を巻き、すべてを飲み込んでゆく!辺りには黄金の砂塵が舞い上がり、旅人はおろか、大地すらも見えなくなっていった!

北風 はぁっ、はぁっ、どうだ、見たか…
太陽 何て事を…。ん!?
北風 何だ、どうかしたのか
太陽 くっくっく、太陽ともあろうものが肝を冷やしてしまいましたが、所詮この程度ですか。あれを見なさい
北風 なっ、何ぃ!?

NA 北風は薄れゆく砂塵の向こうに信じられない物を見た。あの旅人が、マントを握りしめて立っていたのだ!

旅人 ふう、何だったんだ今の風は。おかげで服が汚れちまったぜ
北風 馬鹿な、あの技を食らって何故立っていられる…!?奴は、ただの旅人ではないな
太陽 ほっほっほ。さぁ次はこちらの番ですね。邪魔ですよ、下がりなさい

NA 太陽は茫然とする北風を押しのけると、全身に膨大な量の熱気を溜め始めた!辺りの気温がぐんぐん上昇していく!

太陽 さあ、行きますよ。絶対空間・サンシャイン60(シックスティーン)!
北風 ま、待て、太陽!貴様、すべてを蒸発させるつもりか!?
太陽 ふっふっふ…、気温はまだまだ上がりますよ。どこまで耐えられますかね…

NA 暑い!これは熱い!!大地一面が湯気を立てている!さすがの旅人も、その手をゆっくりと動かしている

太陽 ふふふ、そうです、そのままマントを脱いでしまいなさい…
旅人 く…、く…、くぁぁぁぁ!暑い、暑いぜ!こんなマントはいらねぇ!!
太陽 よし
北風 く、くっそぉぉぉぉ!

NA しかし、旅人の動きはそれだけで終わらなかった!ズボンをまさぐり何かを取り出すと、静かに頬をつたう汗をぬぐい始めたのだ!

北風 何だと!?あれは、まさか…、あのハンカチはァァ!!
太陽 ふふ、あなたは選んではいけない人間を選んでしまったようですね
北風 くっ!…完敗だ!!この勝負、太陽さんよ、あんたの勝ちだ!
太陽 …何をおっしゃいます。北風さんあなたも素晴らしいパワーの持ち主だ。この太陽、敬服しますよ
北風 太陽…
太陽 北風さん…
二人 ふっふっふ、…ぬあっはっはっは!!

NA こうして北風と太陽の壮絶な戦いは幕を閉じた。世界には、再び平和が訪れたのだった!
| 単発話 | comments(12) | trackbacks(78) | posted by あおい
無敵看板娘:勝手シナリオ8 09:40
ここはパン屋ユエットの厨房。
夜明け前、パンをこねながら看板娘・兼・看板職人である神無月めぐみは苦悩していた。
ぶつぶつ言いながら、憎悪を叩きつけるかのようにパンをこねあげていく。
「困りましたわ…、串も効かなくなりフランスパンも避けられる。西山さんもアンデットソルジャーではなくなったわけですし、客引きの辻君もいない。」
パンは、みるみるうちに邪悪なオーラに包まれていく。
「鬼丸さんには、売り上げでも負けバトルでもなかなか勝てない…。こんなにおいしいパンを焼いてると言うのに!」
めぐみはオーブンから、こんがりと焼き上がったパンを取り出し、ポーズを決める。
が、次の瞬間、しょぼくれて作業台の上に両手をつき、そしてうなだれる。
「どうすれば、にっくき鬼丸さんを倒せるのかしら…。」
めぐみは、目の前に並べたパンとにらみ合う。
「はっ!そうですわ!!」
何か名案を思い付いたらしい。
めぐみはパンをつかむと、自信たっぷりに吼えた。
「パン屋はパン屋らしく、パンで勝負ですわ!!」

「うっふっふっふっふ…。」
夜明け前のユエットに、華麗なる笑い声が響き渡った。

「できましたわ!」
めぐみはオーブンから焼きたてのパンを取り出すと、温かい瞳でじいっと眺めた。
パンは光り輝くオーラを放っていて、見るからに神々しい。
「これこそ、あの憎っき鬼丸さんを支配する至高のパン!うふふふ…、見てなさい鬼丸さん…。」
めぐみは誰もいない店内に向かって、パンの載った鉄板を掲げながらポーズを決めていた。

所代わって、中華料理鬼丸店内。
まだ昼前ということもあり、客はまだいないが、いつものように隣の八百屋の太田さんはいる。
めぐみはにこやかに鬼丸店内に入ってきた。
「こんにちはー。」
「おや、めぐみちゃん、いらっしゃい。」
おかみさんもにこやかにめぐみを迎え入れる。
「めぐみちゃん、こんな時間に珍しいな。どうかしたのかい?」
太田さんが変なところに気を利かせて言った。
「なぁに、どうせ毒でも盛りに来たんだろ。」
いつものことだ、と言わんばかりに歯を剥き目を細めて、看板娘の鬼丸美輝は言った。
「あら、そんなことは思ったこともありませんわよ。」
【どうして、今朝の没アイディアが分かったのかしら。勘がいいわね。】
表面上はにこやかで穏やかな表情を浮かべ、心の中では冷や汗を流すめぐみ。
【やっぱり、あのアイディアは採用しなくて正解でしたわ。】
「悪かったねぇ、いつも美輝が失礼なことばっかり言って。」
おかみさんは仕込みをしながら、ふうとため息をついた。
「いえいえ、ちっとも気にしていませんわ。それよりも、今日は新作パンの試食をお願いしようと思って来たのですけど…。」
「何だ、そういうことかい。どんなパンを作ったんだい?」
おかみさんの顔からは申し訳なさそうな表情がふっとんだ。
太田さんもそれに続き笑顔になる。
「ええ、これなんですけど。」
めぐみもそれに乗って笑顔になり、手にしたかごから神々しいばかりに輝くパンを見せるのだった。

「はちみつと、メープルシロップと、生クリームを使った、甘くておいしくて思わず虜になってしまう。名付けて”とりこロール”ですわ。」
めぐみは輝くようなパンを取り出しながら、自身たっぷりに言った。
「へぇぇ、きれいなもんだねぇ。」
おかみさんが心底感心している。
太田さんも見とれている。
ただ一人、美輝だけは情緒がなかった。
「そんなもん、腹に入れば一緒じゃないか。見た目に騙されないからね。ぱく。」
横から首を突っ込み、無造作にパンをわしづかみにすると、大きな口を開けてかぶりついた。
もぐもぐもぐもぐ…。
ぶわわっ!
美輝の両目から、突然滝のような涙があふれた。
「う、うまい…。」
それを見て、おかみさんと太田さんが仰天する。
「おいおい美輝ちゃん、大げさだな。」
「うう、うまい…。」
しかし、そんな太田さんの声など届かないのか、美輝は手に残ったパンをがつがつと再び口にした。
その様子に、さすがのおかみさんもうろたえる。
「美輝…、そんなにおいしいのかい?」
「う…、うん。ぐす。こんなにうまいパンは初めてだ。めぐみ!お前は邪悪の化身かと思っていたけど、パンだけはうまいな!」
美輝は顔を上げると、めぐみの両肩をつかみ、力いっぱい褒め称えた。
…褒め称えた??
美輝の馬鹿力で肩を揺さぶられ、非常に嫌そうな顔をするめぐみだったが、心の中ではガッツポーズを決めていた。
【やりましたわ、作戦通り!これで鬼丸さんは、私のとりこですわ!!】
しばらくして、美輝はめぐみを揺さぶり終えると、涙をぬぐってめぐみに尋ねた。
「…なぁ、めぐみ…。もう一つ食べてもいいか?」
めぐみはにっこり微笑んで、とりこロールを一つ手にとって、…何故か入り口の方を向いた。

その時、突然入り口の戸が開いた。
「鬼丸美輝!久々に勝負だニャ!!」
挑戦状を片手に飛び込んできたのは、西山勘九郎であった。
店内にいた四人の視線が勘九郎に集中する。
「おや?」
「西山さん、邪魔ですわよ。」
めぐみがやんわりと言い、手に持ったパンを勘九郎の口に押し付けた。
「む…、何だ!?。ん!?」
一瞬とまどう勘九郎ではあったが、そのパンの味が口の中に広がった瞬間、両腕を垂らして涙を流し始める。
【私のシナリオには、あなたの出番はありませんわ。おとなしくしていてちょうだい…。】
めぐみはそのまま勘九郎の耳元でささやいた。
と、同時だった。
「バカモノォォ!!」
美輝が瞬時に勘九郎に飛びかかり、勘九郎の頭めがけて両手の拳を合わせて振り下した。
『どごおおぉぉん!』
一撃で、勘九郎は床へとめり込まされた。
「くそう…。あたしのパンを…、あたしのパンを食うなぁ…。」
美輝は、とどめとばかりに、勘九郎の頭を踏みつけるのだった。

気が付くと、めぐみは更に一歩、鬼丸飯店の外へ足を踏み出していた。
片手にはパンのかごを、もう片方にはまた新たなとりこロール。
そして、近付いて来る何者かに視線を向けている。
「めぐみぃ、もう一個食わせてくれぇ。」
勘九郎を叩き伏せた美輝は、じりじりとめぐみの傍に寄り、その手にもつパンへと口を近付けた。
「あっ!」
めぐみはわざとらしくそう言うと、近付く美輝の大口をさらりとかわし、パンを何者かのいる地面へと転がした。
「ああっ!パンが!」
美輝は慌ててパンに手を伸ばす。
間一髪伸ばした手が間に合い、地面すれすれで受け止める、と同時に、そこにいた何者かに受け止めた両手ごとパンを食べられた。
「んもう、敏行ったら!鬼丸さんを食べちゃ駄目でしょ!」
そこにいたのは、ビーストマスター・遠藤若菜と散歩中の、獣王・遠藤敏行だった。

「そうですか…。とりこになるパンですか…。」
若菜は、鬼丸飯店の入り口前で、太田さんから事情説明を受けた。
ひょいと横を見ると、敏行はすっかりめぐみになついていた。
何故かというか、当然というか、めぐみ&敏行vs美輝という構図が出来上がっている。
「敏行…、キサマあのパンを横取りするとは、許さん…。」
美輝の表情は、先ほどまでの感動の表情ではなく、パンに取り憑かれた鬼の形相であった。
それに対して、敏行もめぐみをかばうように臨戦態勢をとっている。
めぐみはそんな敏行の頭をそっとなでると、穏やかな声で美輝に語りかけた。
「鬼丸さん、まだパンはありますわ、焦らなくても差し上げますわよ。」
「ほ、ほんとか!」
その一言で、美輝の表情は瞬時に輝きを取り戻す。
しかし、めぐみの台詞はそれで終わらないようだ。
「ただし!」
「へ?」
「条件がありますわ。」
「?」
パンを掲げ、反対の手を腰に当て、めぐみは美輝をあおる。
美輝は話について来られていないのか、きょとんとしている。
「『何でも言うことを聞きます。家来にして下さい。』と、土下座して頼みなさい。」
うふふ、と笑いを継ぐめぐみ。
「そうしたら、パンを食べさせてあげてもいいですわよ。」
めぐみは完全に勝ち誇った表情になった。
「「ええええええ!?」」
少々離れて様子を見ていた太田さんと若菜は、さすがにその台詞には引いていた。
一方、眉をひねり、複雑な表情の美輝。
やや腰が落ち気味になっている。
「さあ、どうしました鬼丸さん。返事をしないと、敏行にあげてしまいますわよ。」
と言いながら、めぐみは手に持ったパンを放す。
タイミングよく敏行は大口を開け、ぱくりと受け止めた。
もぐもぐもぐもぐ…。
とろけそうな顔でパンを食べる敏行。
「な…。」
それを見て、美輝は声を漏らしながら腰を低くし始める。
「な…、な…。」
「なぁに?よく聞こえませんわね!」
パンをちらちらと揺らすめぐみ。
「ま、まさか…、美輝ちゃん、めぐみちゃんのパンに屈するのか…!?」
太田さんと若菜は、神妙な顔つきで見守り続けている。
「な…。な…。」
美輝は、手が地面に付きそうな程に、姿勢を落としている。
「さぁ!お言いなさい!『何でも言うことを…。』は!?」
その瞬間、鬼が動いた。
「殴って奪い取る!!」
恐るべき爆発力で、美輝は一瞬のうちにめぐみの顔の前に飛び出した。
そして両手を合わせた拳を今度は横凪ぎに払い、めぐみの側頭部を殴り飛ばす。
「何てこと!!」
めぐみは盛大に商店街の中空に舞った。
手にしていたとりこロールも舞った。
パンが落下する。
めぐみも落下する。
パンの落下地点には美輝の左手がある。
めぐみは…、顔面から地面に激突した。
「ふっ、馬鹿め。お前はパンだけ素直に渡せばいいんだよ。」
美輝は背中で語っていた。

「美輝!いつまで遊んでいる…、なぁっ!?」
ちょうど折り悪しく、店の中からおかみさんが顔を出した。
なかなか戻らない娘を連れ戻しに来たのだ。
きょろ、…きょろ。
おかみさんの目に入るのは、地面に突っ伏しているめぐみの背中と、めぐみのパンかごの前にあぐらをかきパンをむさぼり食らう娘の姿。
「美輝ィィィィ!」
「げっ、母さん!」
「めぐみちゃんに何てことするんだい!」
おかみさんの拳は、天高く振り上げられ、叩き付けられる寸前だ。
「あ、あの、これは、別に…。」
どんなに美味しいパンを食べていても、たちどころに現実に引き戻される戦慄。
「いいから謝りな!!」
『ぶごおおぉぉん!!』
おかみさんの拳は、壮絶な激突音と共に、美輝の脳天に振り下された。

「くそ、めぐみ…お前のせいだ…。」
そのまま美輝は気を失った。
【まさか、あのとりこロールを食べても反抗するだなんて…。】
薄れゆく意識の中、めぐみは鬼丸美輝の非常識さを改めて痛感していた。
【鬼丸さん、次こそは見てらっしゃい…。】
| 無敵看板娘 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by あおい
無敵看板娘:勝手シナリオ7 22:46
ここはパン屋ユエットの厨房。
夜明け前、パンをこねながら看板娘・兼・看板職人である神無月めぐみは苦悩していた。
ぶつぶつ言いながら、憎悪を叩きつけるかのようにパンをこねあげていく。
「困りましたわ…、串も効かなくなりフランスパンも避けられる。西山さんもアンデットソルジャーではなくなったわけですし、客引きの辻君もいない。」
パンは、みるみるうちに邪悪なオーラに包まれていく。
「鬼丸さんには、売り上げでも負けバトルでもなかなか勝てない…。こんなにおいしいパンを焼いてると言うのに!」
めぐみはオーブンから、こんがりと焼き上がったパンを取り出し、ポーズを決める。
が、次の瞬間、しょぼくれて作業台の上に両手をつき、そしてうなだれる。
「どうすれば、にっくき鬼丸さんを倒せるのかしら…。」
めぐみは、目の前に並べたパンとにらみ合う。
「はっ!そうですわ!!」
何か名案を思い付いたらしい。
めぐみはパンをつかむと、自信たっぷりに吼えた。
「パン屋はパン屋らしく、パンで勝負ですわ!!」

「うっふっふっふっふ…。」
夜明け前のユエットに、邪悪な笑い声が響き渡った。

「できましたわ!」
めぐみはオーブンから焼きたてのパンを取り出すと、冷たい瞳でじいっと眺めた。
パンは暗黒のオーラを放っていて、見るからに怪しい。
「これこそ、あの憎っき鬼丸さんを倒す究極のパン!うふふふ…、見てなさい鬼丸さん…。」
めぐみは誰もいない店内に向かって、パンの載った鉄板を掲げながらポーズを決めていた。

所代わって、中華料理鬼丸店内。
まだ昼前ということもあり、客はまだいないが、いつものように隣の八百屋の太田さんはいる。
めぐみはにこやかに鬼丸店内に入ってきた。
「こんにちはー。」
「おや、めぐみちゃん、いらっしゃい。」
おかみさんもにこやかにめぐみを迎え入れる。
「めぐみちゃん、美輝ちゃんなら今は出前でいないよ。」
太田さんが変なところに気を利かせて言った。
「あら、そうですの。」
【もちろん承知の上。さっき出前に出ていくのを確認してますわ。】
表面上は残念そうにしおれた表情を浮かべ、心の中では邪悪にほくそ笑むめぐみ。
【計画の第一段に、鬼丸さんは邪魔ですわ。】
「悪かったねぇ、出たばっかりだからなかなか帰ってこないと思うよ。」
おかみさんは仕込みをしながら、ふうとため息をついた。
【帰ってこられても困りますわ!】
めぐみは仕方なさそうなそぶりを見せ、しかし心の中ではガッツポーズをする。
「仕方ありませんわね、今日は新作パンの試食をお願いしようと思って来たのですけど…。」
「何だ、そういうことかい。なら、あの子がいなくてかえって良かったかもしれないねぇ。」
おかみさんの顔からは申し訳なさそうな表情がふっとんだ。
太田さんもそれに続き笑顔になる。
「そうっすね、美輝ちゃん味音痴ですもんね。あはははは。」
「おほほほほ…。」
めぐみもそれに乗って笑うのだった。

その時、突然入り口の戸が開いた。
「鬼丸美輝!久々に勝負だニャ!!」
挑戦状を片手に飛び込んできたのは、西山勘九郎であった。
店内にいた三人の視線が勘九郎に集中する。
「おや?」
「西山くん。悪いけど美輝は出前に行ってていないよ。」
おかみさんがやんわりと言った。
「む…、それはお邪魔しましたニャ。ん?」
何故か、めぐみの視線だけは妙な鋭さがあった。
【私のシナリオでは、あなたは第三段の噛ませ犬ですのよ。今出てこられても邪魔ですわ…。】
「ど、どうしたんだニャ、神無月めぐみ…。俺が何かまずいことをしたのか…?」
勘九郎はうろたえて尋ねた。
「は!?い、いえ、ただ、パンの数が足りなくなってしまうと…。」
心の中が思わず視線に現れてしまい、めぐみは慌てて取り繕った。
「パンの数?」
「ああ、めぐみちゃんは新作パンの試食を持ってきてくれてたんだ。」
太田さんが事情を説明する。
「どうせ美輝は帰って来ないよ。めぐみちゃん、あの子の分を西山くんに食べてもらってもいいかい?」
おかみさんは厨房の台を拭きながら、勘九郎とめぐみに言った。
「え、ええ、そうですわね、折角ですから西山さんにも食べていただきますわ。」
めぐみはおかみさんの申し出を受け、むりやり微笑んだ。
【ちいっ、こうなったら、プランBに変更ですわ。】
心の中では、次なる作戦を考えていた。

もぐもぐもぐもぐ…。
鬼丸飯店の店内では、おかみさん・太田さん・そして予定外の西山勘九郎が、めぐみの新作パンを食べていた。
三人が三人とも、どうにも妙な表情をしている。
「ん〜…、これは…。」
おかみさんが重そうに口を開いた。
「お口に合いませんか?」
おずおずと尋ねるめぐみ。
「いやぁ、これは…。」
「うむ、申し訳ないが…。」
太田さんと勘九郎も言葉を濁す。
おかみさんは味に疑問を抱いている。
「めぐみちゃん、これ、何を入れたんだい?」
「あの、熱帯の珍しい植物のエキスなんですけど…。」
めぐみは顔を伏せた。
【遅効性の毒草ですわ。鬼丸さんを倒すためとはいえ、ごめんなさい。おかみさんには効かないですから…。】
心の中では震えの止まらないめぐみであった。
「いや、正直、美輝ちゃんがいなくて正解だったよ、これ。」
太田さんが妙なフォーロをする。
「まったくだ。おまえがこんな味のパンを作るとは、意外だったニャ。」
勘九郎は頭を掻きながら、パンの最後の一かけらを飲み込んだ。
「ごめんなさい、次はもっと頑張りますわ…。」
めぐみはうっすらと涙を浮かべる。
【ごめんなさい西山さん。あなたのは鬼丸さん向けの、特別に毒の多いパンでしたのよ…。】
心の中では、違う意味で泣いていた。
「では私はこれで失礼します!」
めぐみは嘘泣きのままさっときびすを返して、鬼丸飯店から出て行った。
「うーん…。」
何だかよく分からないまま、取り残される三人だった。

ユエットに戻っためぐみは、さっそく次のパンをこねていた。
「試食の話を聞けば、鬼丸さんはきっとやってきますわ。今度は速攻性の毒で仕留めますわ。」
作戦変更を余儀なくされ、当初計画とは違うタイプの毒パン作りを始めたのだった。
ひとしきりパンをこね終わると、めぐみは棚から真っ黒な瓶を取り出し、生地の上でそれを逆さにした。
どぶどぶと注ぎ込まれる謎の毒液。
「これで、今度こそ鬼丸さんを!」
反対の手は勝利を確信したガッツポーズになっていた。

「できましたわ!」
またしてもオーブンから真っ黒なパンを取り出すめぐみ。
また一段と冷ややかな瞳でそれらを眺めた。
「あとはこれを鬼丸さんに…。」
「おーい、めぐみ、いるかー?」
ちょうどいいタイミングで、店の方から間の抜けた呼び声がした。
鬼丸美輝、登場である。
「うふふふ…。いいところに来ましたわね。楽しみにしてらっしゃい…。」
めぐみの両目が邪悪な輝きを放った。

「いらっしゃい、鬼丸さん。」
お盆の上に先ほど焼き上がったばかりのパンを並べ、めぐみは平然と店先に現れた。
美輝は腕組みをして待っていた。
「めぐみー、母さんと太田さんから聞いたよ、くそまずいパンを作ったんだってな。あたしにも食べさせてくれよ、盛大に笑ってやるからさ。にひひ。」
いちいち勘にさわる言い方をする美輝。
しかし、そのあたりすべてが想定内だっためぐみは、冷静に話題を振った。
「さっきのパンはいまいちだったかもしれませんけど、今度のパンは素晴らしいですわよ。」
【味など感じる間もなく、あなたを葬り去って差し上げますわ。くふ。】
めぐみはこれ以上ないほどの笑みを浮かべ、美輝に焼きたてのパンを差し出す。
笑みを浮かべるというより、勝利を確信し、笑いが込み上げて仕方がないようだ。
「ほおー、これはまたまずそうだな。一つもらうぞ。」
ぱく。
めぐみの様子など気にも留めずに、美輝は差し出されたパンを手にとり、さっそくかぶりついた。
もぐもぐ。
【勝った!】
めぐみは感極まって、涙を浮かべていた。
美輝に悟られないよう、後ろを向いている。
「…あら?」
しかし、すぐに様子が違うことに気が付いた。
美輝が倒れる音がしない。
しかも、まだもぐもぐが続いている。
「鬼丸さん?」
心配になっためぐみは、思わず振り返った。
「ん?ろうひた、めうい?」
美輝は、並んだ毒パンを食べ続けていた。
ごくりと飲み込む。
「いやぁ、めぐみ、やっぱお前、料理だけはいい腕してるな。うまいぞ、このパン。母さんたちのはハズレだったんだな。」
【え!?そんな!猛毒のはずですわよ。まさか、瓶を間違えたのかしら?】
めぐみはますます心配になり、残ったパンの一つに手を伸ばした。
「おう、めぐみも食べるか?」
美輝は、毒パンを食べさせられているとも知らずに、めぐみに笑いかける。
「え、ええ…。ぱく。」
めぐみは自前の武器を口にした。
【ぐっ、これはっ、そんな!】
めぐみは毒にやられ、そのまま壮絶に床に倒れた。
「めぐみ!?おい、どうした!?」
毒パンをくわえたまま倒れためぐみを、美輝は目を丸くして見ていた。

【まさか、あの毒パンを食べても平気だなんて…。】
薄れゆく意識の中、めぐみは鬼丸美輝の非常識さを改めて痛感していた。
【鬼丸さん、次こそは見てらっしゃい…。】
がく。
| 無敵看板娘 | comments(0) | trackbacks(0) | posted by あおい
無敵看板娘:勝手シナリオ6 19:27
「ただいまっ!」
鬼丸美輝は出前から帰り、いつものように勢いよく店内に駆け込んできた。
「「しぃぃぃxっ!」」
出迎えたのは、口の前に人差し指を立てたおかみさんと、隣の八百屋・太田さんであった。
「は?」
首をかしげる美輝。
「何だよ、母さん。こんな静かじゃ、ラーメン屋はつぶれちまうよ!」
『ゴズゥゥゥン!』
空気を読めずに大声を張り上げる美輝。
盛大な効果音とともに、おかもちをカウンターに叩きつけた。
「静かにってのが分からないのかい!!」
とっさに、おかみさんはいつもの調子で美輝の喉元に、すさまじい勢いの喉輪をしかける。
と同時に、店内を揺るがす気合が響き渡った。
「おかみさん、静かに…。」
太田さんが隣で苦笑している。
「あ、こりゃしまった。ごめんよ、西山君…。」
おかみさんが目を向けた先には、西山勘九郎の背中が見えた。
美輝は、白目をむいて気絶して、とっても静かになっていた。

「はっ!?」
美輝が目を覚ました。
すぐさま体を起こすと、きょろきょろと店内を見回す。
「むっ!」
視界に、どこかで見たことがあるような男の背中が入る。
男は、中学生位の少女を前に、にっこりと微笑んでいる。
「貴様ぁっ!」
その姿を認識すると同時に美輝は踏み込み、男の背後から、その左頬を薙ぎ払う
「ぐぼおぅっ!」
男の首が壁に向かって飛んだ。
当然、男の胴体も後から壁に向かってついていった。
美輝は、その男の前に仁王立ちになる。
「神聖なる鬼丸飯店でいたいけな子供を悪の道に引き込もうとは言語道断!」
今度はその男、西山勘九郎は白目をむいて気絶していた。
その時、美輝の背後に強大な気配が近付いた。
『ずどおおぉぉん!』
「何度も勉強の邪魔をするんじゃないよ!」
おかみさんの肘が、美輝の脳天に突き刺さり、今度こそ美輝は動かなくなった。
客席で勉強を教わっていた少女は、大きく口を開けて呆然としていた。

「何だよ、勉強してるなら初めからそう言いなよ。」
カウンターに頬杖をつき、憮然とした顔の美輝がぶつくさ言っている。
少女と勘九郎は、何事もなかったかのように勉強を再開していた。
「あんたがいきなり殴りかかるからだろ。」
厨房で何かを刻みながらおかみさんが言う。
「つうか、あいつはどこであの子を引っ掛けてきたんだい?」
美輝が太田さんに尋ねた。
「引っ掛けてきたって、…おいおい…。」
「あの子は、前に西山君が勤めてた塾の元生徒だってよ。」
「受験勉強で悩んでて、勘九郎に教わりに来たんだとさ。」
「ふぅん…。」
美輝がだるそうに首を回し、勉強する少女を眺める。
と、ふと顔を上げた少女と目が合った。
少女は、はっとして下を向く。
そんな様子に勘九郎が気付いて言う。
「おお、そうだニャ。まだ鬼丸美輝に紹介してなかったニャ。」
勘九郎は席から立ち上がると、少女を促し美輝の前に連れ出した。
「この子は教え子の唐沢杏菜だニャ。」
「か、唐沢です。始めまして。」
杏菜はおどおどと頭を下げた。
とりあえず、美輝のことを恐ろしい人物として認識しているようだ。
勘九郎は事故紹介する杏菜を微笑ましく眺め、そして言葉を継ぐ。
「杏菜ちゃん、こいつは鬼丸美輝。俺の宿敵、宿命のライバルだニャ。」
「!!」
「だれがライバルなんだよ。」
美輝がじと目で聞きかえす。
「…宿命のライバルですか…?」
杏菜が勘九郎の顔を見上げる。
「そうだニャ。おれはあいつを倒そうと、日夜努力を続けているんだ。」
勘九郎が拳を握りしめる。
「…聞けよ、オイ。」
宿命のライバルとやらは、何故か話の仲間に入れてもらえないでいた。

と、杏菜がうつむいて体をぶるぶる震えさせ始めた。
太田さんはそれに気付き、勘九郎に対してとっさに突っ込みを入れる。
「こら勘九郎。美輝ちゃんのライバルとか言うもんだから、怖がってるぞ。」
「む。これは済まなかったニャ。…俺も、年がら年中挑戦をしてるってわ…。」
「さすが西山先生!!」
杏菜は突然、感動の涙を目に浮かべながら顔を上げ、勘九郎の言い訳をさえぎった。
「ニャ?」
「先生と勉強していると何でこんなに分かりやすいのか、分かった気がします!この鬼丸さんに負けないように、日夜勉強を重ねているんですね!」
「ぬ…?」
勘九郎は、何故杏菜が感動しているのか、いまいちぴんと来ていない。
しかし、何となく熱意が通じたような実感もあった。
「ま、まぁそうだニャ。確かに、やつに勝つために日々研究を重ねている。」
「はい!」
「毎日考えているが、答えが出ない時ばかりだ。」
「はい!」
「そんな時は頭を一度空っぽにして、持てる力が自然に出てくるのに任せるんだニャ。」
「はい!」
「そうすれば、いつかはあいつに勝てるようになるはずだニャ。」
「ハイ!!」
いつの間にか、話はよく分からない方へと傾いていた。
突っ込み役の太田さんはというと、すっかりタイミングを失い、話をただぼんやりと聞いていた。
…口は開きっ放しであったが…。
勘九郎は、そのまま自分の話に浸っていた。
美輝はカウンターに伏せて、つまらなそうに寝ていた。
しかし、杏菜だけは動きが止まらなかった。
くるりと向きを変え美輝の方を見ると、とことこと歩み寄り深々と頭を下げるのだった。
「お願いします!私に勉強を教えて下さい、鬼丸先生!!」
「ぶふっ!」
厨房にいたおかみさんが、真っ先に吹き出した。

続いて勘九郎が反応する。
「ちょっと待つニャ、杏菜ちゃん。俺は、用済みということか!?」
あからさまにうろたえている。
しかし杏菜は、さらりと切り返した。
「こんなに一生懸命な西山先生と、その西山先生が目標としている鬼丸先生。二人の先生に教われば、何でも分かりそうな気がします。」
どうやら、相当な勘違いをさせてしまったようだ。
「駄目ですか?西山先生…。」
頭をぽりぽりと掻く勘九郎。
「うーん、俺は構わないが、そもそも鬼丸美輝がべ…。」
「ふんがー!」
その瞬間に美輝が踏み込み、勘九郎の口をふさいだ。
「…貴様…、今、勉強など出来ないと言おうとしただろ。」
「むがんが!」
口をふさがれたまま、無論だ、と言い返そうとするが言葉にならない。
『ずごん!』
返事代わりに、美輝のひざが勘九郎のボディをとらえた。
「私に不可能などない…。高校入試ごとき、安心してこの鬼丸美輝にまかせておけ。」
「むぎあ!」
今度は、無理だ、と言おうとする。
が、またしても徒労に終わる。
『どずうっ!』
続いて、美輝の手刀が勘九郎のみぞおちに突き刺さった。
これがとどめになったと見えて、勘九郎の首ががくんと垂れ下がる。

そばで様子を見ていた杏菜は心配になり、声をかけてきた。
「あの…、お二人ともさっきから何を…?」
問われて、美輝が笑顔とともにくるりと振り返った。
「いや、なに、こいつがどうしても一人でやりたいっていうからね、説得してたんだ。」
「…拳でか…。」
思わず太田さんがつぶやく。
「やっと納得してくれたよ。ここからはあたしい任せときな!」
美輝は、どんと胸を叩いた。
もう片方の手は、勘九郎の後頭部をつかんで、がくがくと首を縦に振っている。
「ほらね。」
美輝は満面の笑みを浮かべた。
「ほらね、じゃねー!」
太田さんは心の中で叫んでいた。

「さぁて、どんな問題をやってるんだい、見せてみな。」
美輝は悠々と椅子に腰かけると、えらそうに杏菜のノートを覗きこんだ。
「あの、この計算なんですけど…。」
差し出されたノートには、”(X+2)(X-3)=0”と書いてあった。
「!!」
見た瞬間、美輝の目が点になる。
「まだ学校で習ってなくて、分からないんです。鬼丸先生、…あれ、先生?」
美輝は鬼神の如き形相で考えていた。右手は、割り箸の束を握りつぶしている。
【考えろ、よく考えろ…、この鬼丸美輝さまに不可能はない!!】
…しかし、考えても分かるはずがない。
美輝はテーブルに突っ伏して考え続ける。
【くそう、こんなに難しい問題、中学生に解けるはずがない!】
突然、美輝はがばっと顔を上げた。
その顔は、汗だくになっている。
【分かったぞ、あいつがあたしに嫌がらせをするために、わざわざこんな問題と解かせていたんだ!】
そんな勝手な考えに浸っている美輝に、現実に引き戻す一言が突き刺さる。
「あの…、それで、どうやって解けばいいんですか?」
「え?」
再び、目が点になる美輝。
おかみさんは、厨房の奥から情けないと思ってい眺めている。
「えと、あの、それはだね、うん、つまり…。」
「美輝!」
おかみさんはたまらず一声かけた。
「は、はいっ!何でしょう、お母さま?」
ふうとため息をつくおかみさん。
「遠藤さんのとこ、出前に行ってきておくれ。」
「え?あ、でも…。」
「いいからさっさと仕事する!」
「はいい!」
美輝は椅子から飛び上がると、おかもちをひっさらって、出前へと飛び出して行った。
杏菜はぽつんとテーブルに取り残された。

太田さんはおかみさんの意図を察し、杏菜のそばへ行きフォローをする。
「ごめんね、杏菜ちゃん。美輝ちゃんは、ほら、この通り、店の仕事で忙しいんだ。勉強はやっぱり、勘九郎と一緒にやった方がいいんじゃないかな。」
はっとなる杏菜。
「そ、そうですね。お、お仕事の邪魔をしてごめんなさい!」
杏菜はぴしっと立ち上がると、おかみさんに頭を下げた。
「いいんだよ、役に立てなくて済まないね。」
おかみさんは複雑な心境だった。

しばらくして、鬼丸飯店にはおかみさんと太田さんだけになった。
カウンターに腰かけながら、太田さんが苦笑いをする。
「おかみさん、さっきの出前、やっぱり…。」
「まぁね。自分の娘の馬鹿さ加減は、人様に見せたくないもんだよ。」
「そうですか…。」
まだ美輝は出前から帰ってこない。
きっとまた、どこかで道草を食っていることだろう…。
| 無敵看板娘 | comments(1) | trackbacks(0) | posted by あおい
微笑戦隊ニコレンジャー02 07:39
「緑の巨人」

大学構内のグラウンド、多くの学生がスポーツに汗を流している。
その一画では、アメフト部が練習をしていた。
一段落して、脇のベンチに座り込み疲れをとる部員たち。
彼らは一斉に携帯電話を取り出すと、一斉に親指を動かし始めた。
身長180cm超、体重100kgクラスの筋骨隆々たる青年たちが小さな画面を覗き込む様は、異様といえば異様である。
しかし、一人だけ様子が違う青年がいた。
「ミトリュー、お前、またブログの更新か?」
部員が彼に声をかけた。
ミトリューと呼ばれたその青年は、アメフト部の中にあってもひときわ体が大きく、まさに山のような体である。
そんな彼の手には、画面の大きな白い端末が載っている。
その端末からキーボードをスライドさせると、ごつい親指で小さなキーボードをぽちぽちと器用に押していっている。
「ああ、さっき新機種を買ってきたからな、話題ができたら即書きしないとな。」
ミトリューがグランド脇の芝生の上に置いたかばんには、小さくて緑色のキーが付いた電話機が載っていた。
彼はかばんからその電話機を拾い上げると、その部員に向かってにやりと笑う。
【やばい!】
青年はそう感じたが、遅かった。
ミトリューのデジギア自慢が始まったのだ。
「なぁ、稲盛。これは、出たばっかりの新機種で、nico.って言うんだ。」
稲盛と呼ばれた青年は、苦笑いを浮かべる。
「あ、あぁ、良かったな。詳しくはまた後で…。」
「いやいや、待て待て。見てみろよ、このデザイン。枯れた技術で軽快にさらりとまとめ上げたシンプルな構成。こういうのも、技術の進歩を感じる、ナイス端末だよな。」
「…そうか?」
「そうだよ。片や技術の結晶とも言える機種。片や最低限の技術の取捨選択。こういう利用法の組み合わせがあるのも、ほかでは無いぞ。」
「まぁ、そうだな…。」
「ほら、持ってみろよ。これ、重さが67gしかないんだ、普通の機種の半分。こういうコンパクトで邪魔にならないのって、やっぱいいよな!」
「いや、お前が持つなら、何を持っても小さくて邪魔にはならないだろ…。」
「ああ、確かにそうかもな!なはははは!」
ミトリューにあまり皮肉は通用していないらしい。

彼は続けて、先ほどのブログ更新に使っていた白い機種も並べて見せる。
「これも、実は出たばっかりなんだぞ。知ってるか?」
「いや…、知らん。」
そう言われて、ミトリューは目を丸くする。
目からビームでも出そうな迫力である。
「何だよ、お前、コレを知らないなんて、情報収集力なさすぎだぞ!」
「…あー…。」
稲盛は、いつもの事だと思いつつ、もうどうでもよくなってきていた。
「こいつは、ベストセラーになった前機種を大幅にコンパクト化したモノなんだ。」
「コンパクトねぇ…、でかいじゃん。」
「そうなんだよ、いつも使うにはでかくて重いんだ。だからこそ、普段はこっちを使うってわけよ。」
「…いや、お前のパワーで、でかいとか重いとか言うな…。」
「まあな、なはははは!」
ミトリューはまたしても豪快に笑った。

「水戸先輩!そろそろ練習再開しましょう!」
やや離れたところから、アメフト部員の一人が声をかけた。
「はぁ、助かった。」
稲盛は思わずそう漏らした。
「ん?何がだ?」
「いや、何も。それより、さっさと片付けて練習始めるぞ!」
そう言うと、そそくさと立ち上がり、稲盛はグラウンドへと駆け出して行った。
「まったく…、いつもせっかちな奴だ。」
落ち着いた口調でそうつぶやくと、ミトリューは先ほどの白い端末の画面にぺたぺた触り、何か作業を片付けた。
「よし、更新も終わったし、練習行くか!」
二台の新機種を丁寧にかばんにしまうと、ミトリューもまたグラウンドへと駆け出して行った。

部員たちが去った後、黒服に身を包んだ謎の男が、芝生に放り出してあるかばんへと近寄ってきた。
端から順に、かばんを見渡している。
「ほう…。なかなかの波動を感じる。」
一つのかばんに目を止めると、黒服はそれに近付き、手をかざした。
「目覚めよ、黒き波動を持つ者!お前の名はドクオニース!」
かばんの中で何かが震えた。
「くっくっく…。」
黒服は不気味に笑うと、グラウンドから姿を消した。

一方その頃、学生食堂では、萌々子が友人とペットボトルをすすりながらnico.を自慢していた。
「ねー?これ、かわいいでしょ?洋子、あんたもこれ、買いなよ!通話無料だってよ!」
洋子と呼ばれた女性は、眼鏡の奥で少々、困ったな、という目つきになった。
「え…、でも…、高いんでしょ?2台も持てないよ。」
「え?全然高くないよ、6800円。」
その値段を聞き、洋子は思わず目を逸らす。
また、萌々子に視線を戻す。
「毎月そんなに払えないよ。それに、ほとんど電話ってしないから、毎月4000円しないくらいだし…。」
「え?毎月!?」
洋子の話を聞き、今度は萌々子の目つきが変わる。
「え、6800円って買う時だけじゃないの!?」
そう言うと、萌々子はかばんの中をあさりだした。
何かに気付き、洋子が口を出す。
「ん、ねぇももちゃん、それって、電話機の値段だよね?あたしが聞いたのは基本料なんだけど…。」
「基本料?何それ?」
どうやら、本気で知らないようだ。
洋子は苦笑いをしながら、左の頬を人差し指でぽりぽりと掻いた。
「ももちゃん、電話を使うには毎月使用料を払うでしょ。お店の人、料金プランとか、何か言ってなかった?」
「料金プラン…?ああ!」
やっと思い出したようだ。
萌々子はかばんからやけに小さく折りたたんだパンフレットを取り出し、表紙をめくって洋子に見せた。
「これよ、これ!お店の人が、通話もメールも定額です、って言ってたのよ!」
洋子はパンフレットを受け取ると、真剣な目つきで読み始めた。
先ほどまでとはうって変わって、鋭い眼光を放っている。
「…。」
何もしゃべらなくなった。
「…あの…、洋子?」
「ちょっと黙ってて!」
「あ、…うん。」
萌々子は、しまったなー、と思った。
洋子は節約大好きっ子なのだ。
「すごいね、これ!」
洋子は唐突に顔を上げ、萌々子に話し掛けた。
「基本料2900円だけなんだ!すごいね!」
「…あ、うん、すごいでしょ?…どう?洋子も買わない?」
しかし、何故か洋子の表情が急速にしぼんでいった。
「…うん、…でも、家族割とかあるし、お父さんに相談しないと、すぐには変えられないよ…。」
「むぅ、そっか、そう来るか。しょうがないなぁ…。洋子と話し放題したいんだけどな…。」
そう言われて、洋子はさらにしょんぼりしながら返事をする。
「ほんと、ごめんね。お父さんに頼んでみるよ。」
「うん。あ、とりあえず、番号だけは教えておくね。」
萌々子はそう言って、改めてnico.を洋子に渡した。
受け取った洋子は、かばんから相当年代を感じさせる端末を取り出し、アドレス帳に登録をするのだった。

グラウンドでは、アメフト部が練習を終えていた。
TシャツとGパン姿の屈強な男たちが20人近く、ぞろぞろと並んでいる姿は、何となく恐ろしい。
「よし、稲盛、これからお前のnico.を契約しに行くとするか!」
何故かミトリューはめちゃめちゃ張り切っていた。
「いや、ちょっ、待て待て!何で、いつの間にそう言う話になっているんだ?」
「何だよ、お前、さっきの説明でこれがいい機種だってことは分かったろ?別にどこぞのように3万とかしないから安心しろ。」
ミトリューは、にこにこしながら稲盛の肩を叩いた。
「いやいやいや。俺はこれから予定があるんだよ。ああ!メール見とかなきゃ!」
「…何だよ、彼女か?なら尚更、二人でこれを買って通話放題を楽しまないとな。2台だと安くなるぞ。」
ミトリューの営業台詞は更に回り、彼のにこにこ顔も更に輝きを強めた。
「あー、もー、勘弁してくれよなぁ。」
稲盛は逃げ出すようにかばんの所へと走り去った。
「何だよ、そんなに照れるなよなー。」
ミトリューは腕組みをして稲盛の背中を眺めていた。

「まったく、ミトリューのデジ好きにも困ったもんだよな…。」
稲盛はぶつくさ言いながら、かばんから自分の携帯を取り出した。
「メール来てるかな…。んん?」
メールキーを押すが、画面は暗いままだ。
「あれ?壊れたか?」
がつがつのメールキーや電源キーを押す稲盛。
その時、その携帯電話を中心に黒い闇が広がり、稲盛の全身を包み込んだ。
「な、何だこれは!?ぐわぁぁぁぁ!!」
少しの間、稲盛の悲鳴が続く。
しかしそれもすぐに止み、闇は晴れた。
そこには稲盛の姿はなく、スライド式の携帯電話の姿をした化け物が立っていた。

「ん?何だ?稲盛!?」
稲盛が闇に包まれてモンスターと化す様子を、ミトリュー以下アメフト部員たちが見ていた。
ミトリューはすぐさま稲盛のもとへと駆け寄る。
「おい!稲盛!どういうことだ!?おい!ぐわぁ!」
モンスターはミトリューが腕をつかむと、すかさず彼の顔面を殴り飛ばした。
「ぐぐ…、稲盛…、お前…。」
その時だった。
彼が握りしめるnico.が突然震え出したのだ。
「むっ!?何だ!?」
驚くミトリュー。
右手に持ったnico.を見る。
電話がかかってきている。
【誰にも番号を教えてないぞ、何でだ!?】
更なる驚きを受けながら、ミトリューは表示を読む。
”07025252525”
”八剱”
と表示されていた。
【やつるぎ…、ま、まさか!?】
八剱、その謎の電話に不思議な力強さを感じ取り、ミトリューは電話をとった。

「はい。」
「水戸龍一さん。あなたは選ばれた戦士だ。ニコレンジャーとなり、悪と戦って欲しい。」
「え!?」
ミトリューには、何が何だか分からなかった。
しかし、電話の向こうから伝わる声は、優しく、力強く、ミトリューを勇気づける。
「このnico.をかざして下さい。正義の戦士、ニコグリーンに変身するのです。」
「分かりました!」
ミトリューは素直に声に従った。
その声が正しいと、何故か確信していた。
正面を見るミトリュー。
目の前にはスライド携帯モンスターが迫っている。
ミトリュー、勢いよくnico.を振り上げる。
「チェンジ!ニコレンジャー!!」
右手が振り上げたnico.から光の粒が舞い、ミトリューの体を包みこむ。
次の瞬間、ミトリューは緑色のバトルスーツに身を包んでいた。
「これが、ニコレンジャー?」

「す、すごいパワーを感じる。このパワーでモンスターを倒せってことか?」
その時、また声がした。
先ほどの男の声だ。
「そうですニコグリーン。ニコハンマーで邪悪な波動を打ち払うのです。」
「ニコハンマーか、OK!」
ニコグリーンは右手のnico.を構えると、大きく一声、ニコハンマーを発動させた。
「ニコハンマー!!」
緑のnico.が大きく伸び、そして膨らむ。
その周囲には、神聖な輝きが広がる。
「おい、稲盛!すぐに元に戻してやるからな!」
ニコグリーンの変身、ニコハンマーの出現に、モンスターは驚き戸惑っていた。
ニコグリーンは、アメフト仕込みの猛突進で、一瞬のうちにモンスターの懐に入っていた。
「くらえぇぇい!」
巨大なハンマーがモンスターの胴体を捕らえる。
もはや、反撃の余地は微塵もない。
「ぐぅおぁぁぁぁ!」
モンスターはハンマーの直撃を受け、30mほど宙を舞った。
地面に落ち、転がり続け、やがて止まった。
転がりながら、その体からは黒いオーラが抜けていく。
次第にその体は元の稲盛青年の姿へと戻り、止まる頃には完全に戻っていた。
「大丈夫か、稲盛!」
ニコグリーンは全力疾走で駆け寄り、変身を解いて稲盛の肩をゆする。
その傍らには、単なるプラスチックの塊と化した電話機が、無惨に転がっていた。
「ミトリュー…、お前、馬鹿力で殴るんじゃねぇ…。がく。」
全身にすさまじいダメージを負ったと見えて、稲盛はそのまま気を失った。

「今のは、水戸君?彼もニコレンジャーなんだ…。」
グラウンドの芝生の手前に、萌々子が立っていた。
八剱司令の電話を受け駆け付けたのだったが、どうやら間に合わなかったらしい。
「すごいパワー…。」
萌々子は、ただ茫然とミトリューの背中を見つめていた。

(つづく)
| ニコレンジャー | comments(0) | trackbacks(0) | posted by あおい
微笑戦隊ニコレンジャー01 05:25
「立ち上がれ、微笑みの戦士」

都会の街並み。
大きな電気店の店頭。
数々の携帯電話がずらりと並ぶ様は、壮観の一言である。
7月の熱気と、端末を吟味する人々の熱気が入り混じる。
そんな携帯電話コーナーの片隅で、頭をぼりぼりと掻いている女性が一人。
Tシャツにジーンズという軽快な服装。
そしてうめき声。
「ああ、どうしようかな…。もうじき就職活動だし、電話の一つも持ってないなんて、今時変な子だと思われちゃうよね…。」
彼女は、極度のメカ音痴のようだ。
「どんな電話機がいいのかな…。たくさん機能があっても、ぜんぜん分かんないだろうし…。」
彼女は店内を改めて見回した。
折りたたみ、スライド、二軸ヒンジ、ストレート…、まさに百花繚乱の品揃えである。
「ああ、何か携帯って怖いわぁ…。どうせなら、持っててにこにこしちゃうようなのがいいよね…。」
そうつぶやきながら隣の棚に軽く視線を動かす。
そして、そこにある物を見る。
彼女の動きが止まった。
動かない。
じっと動かない。
顔だけは微笑んでいる。
まだ動かない。
そして…。
「ぷはっ!うわ、これ、可愛い!いいな、これ。よし、これに決めた!」
メカ音痴の彼女、機能のことなど分からない。
しかし、彼女の直感が告げていた。
【これは、運命かも!】
そう、まさに運命。
彼女がこの電話機を手にするのは、運命の出会いであったのだ。

「すいません!これ、欲しいんですけど。」
彼女は、手近なカウンターに立つ店員に声をかけた。
彼は首から、電話機をぶら下げている。
オレンジ色のボディにきらりと輝くアルミパネル。
それを目にして、彼女は思った。
【あ、これもかっこいいかも。…あ、でも、さっきの方が可愛いかな。】
「はい!いらっしゃいませ!ご要件は何でしょう?」
若い店員ははきはきと答えた。
青と白でい彩られたシャツが、その元気の良さを後押ししているかのように見えた。
「ええ、あのピンクの電話機が欲しいんですけど。」
「はい。新規ですか?機種変更ですか?それとも、単体でご購入ですか?」
店員はにこにこしている。
「ええと、こういうのって初めてでよく分からないんですけど、新規、になるのかな?」
彼女は、少々不安そうに尋ねた。
「はい、新規でご契約で、こちらの端末、”nico.”のピンクでよろしいですか?」
「はい、お願いします。」
「それでは、こちらでお手続きをお願いします。」
青年は、彼女を奥のカウンターへと誘導するのだった。

若い店員はカウンターまでやってくると、棚から小さな箱を下し、一綴りの紙を女性の前に差し出した。
「それではこちらに、お名前・ご住所・自宅電話番号をお書き下さい。」
「あ、はい。望月萌々子です。」
どうも彼女、初めての契約で緊張して、舞い上がっているようだ。
「あ、お名前はこちらです。」
「あ、あはは、すみません…。」
「それから、身分章はお持ちですか?」
「ええ、免許証でいいんですよね?」
「はい。では、少々お預かりいたします。」
店員は、望月萌々子と名乗るその女性から免許証を預かると、カウンターの奥へと消えた。

「ふうう…、緊張したなぁ…。でも、割とあっさり済んでよかった。」
彼女は、すべての書類を記入し、ぷらぷらと携帯電話コーナーを散歩しながら、手続きの完了を待っていた。
ほどなくして、アナウンスが聞こえてくる。
『携帯電話コーナー、627番でお待ちのお客さま、カウンターまでお越し下さい。』
萌々子は顔を上げた。
「やった!できた!」
彼女はにっこり微笑むと、手続きカウンターへと急いだ。

「では、こちらがお客さまのnico.になります。電話番号は、こちらの紙に記載されています。」
萌々子は、店員から四色のビニール袋と、小さな電話機を受け取った。
そして、一緒に差し出された紙を覗き込む…。
【ええと、番号は…、070-6005-2525かぁ。わ、番号がニコニコだ♪】
彼女が袋と端末をしっかりと握りしめたのを確認すると、店員は大きく頭を下げた。
「ご契約、ありがとうございました!」

萌々子は店を出ると、入り口の前で早速四色袋を覗き込んだ。
「まずはメールだよね。ええと…、ふうん…。」
左手の小指に袋を下げ、中指と薬指で説明書をはさみ、親指と人差し指でぴかぴかのnico.を持ち、説明書を見ながらぎこちない手つきで右手が動く。
「んと、4〜20文字ね、どうしよっかな…。」
どうやらオンラインサインアップをしているようだ。
何故かきょろきょろと辺りを見回す。
「どこかに、いい名前が落ちてないかな…。」
落ちてるわけはない。
だが、落ちてはいないが、自分の手元にあることに、彼女は気付いた。
「そうだ!この子の名前はnico.で色がピンクだから、nico-pinkってすればいいんだ!」
安易だが、なかなかいい思い付きである。
彼女は早速、10キーとにらめっこをしながら、一つ一つ文字を探して、そのアドレスを打ち込んでいった。
「やったぁ、登録終了!やればできるじゃん、結構簡単なもんね♪」
萌々子は登録完了の表示を見つめ、そして、新しい相棒を軽く抱きしめた。

一方その頃、萌々子が立ち去った売り場では、黒服に身を包んだ謎の男が、一つの端末に手を伸ばしていた。
「名も無き哀れなモノよ。その力を解き放つがいい!」
黒服はその端末に語りかける。
端末の周りには黒い影がまとわりつく。
「くくく…。存分に暴れるがいい…。」
黒服は、そう小さくつぶやくと、そのまま売り場を後にした。

「さてと、お昼ご飯にしよっかな。」
サインアップを終えた萌々子は、軽く伸びをすると、店の前から歩き出そうとしていた。
その瞬間。
『がちゃぁぁん!』
ショーケースの割れる音。
「うわああああ!」
人々の叫び声。
店内で何かの騒ぎが起こった。
「ん?何だろう?」
萌々子は後ろを振り返った。
「うわああ!化け物だ!」
「たっ、助けて!」
悲鳴を上げながら、お客さんたちが一斉に出口に殺到してきた。
「え?」
萌々子はその瞬間、まったく状況がが飲み込めず立ち尽くした。
あっと言う間に人々の波は店の周囲を包みこんでいる。
そして、こんな声もした。
「秋子!秋子、どこ!?」
「あ母さん!あ母さん!」
どうやらこの騒ぎで子供が店内に取り残されたようだ。
そう察するが早いか、萌々子は店内へと駆け出していた。
「ああっ、待て!君!中は危険だ!」
誰かが萌々子に向かって叫んだ。
しかし、萌々子はすでに店内に踏み込んでいた

「お母さん…。ひん…。」
幼稚園生ほどの少女が、携帯電話コーナーの片隅で泣いていた。
萌々子は、その少女をすぐに発見することができた。
すぐさま近づき、そして話し掛ける。
「もう大丈夫よ、さあ、お姉ちゃんと一緒に行きましょう!」
右手にnico.を握りしめ、左手を少女に差し出す萌々子。
四色袋は入り口に置いてきたようだ。
その手に応え、小さな手を伸ばす少女。
しかし、突然叫び声を上げる。
「お姉ちゃん!」
萌々子は後ろからやってくる気配に気付き、少女を抱いて転がった。
後ろには、携帯電話の形をした何かが立っていた。

分厚く、大きい、携帯電話の形をしたもの。
しかし大きさは、人間以上だ。
いわば、電話機型モンスター。
しかも折りたたみで、すべすべのボディ。
サブディスプレイとおぼしき場所には、意味不明な記号が高速で流れている。
「な、何?これ!?」
萌々子は目を見張った。
目の前の光景を疑った。
茫然として、体の動きも止まった。
その時だった。
彼女が握りしめるnico.が突然震え出したのだ。
「えっ!?何?何!?」
驚く萌々子。
右手に持ったnico.を見る。
電話がかかってきている。
【さっき買ったばかりなのに、何で!?】
更なる驚きを受けながら、萌々子は表示を読む。
”07025252525”
”八剱”
と表示されていた。
【や…、誰!?】
それでも、その謎の電話に不思議な力強さを感じ取り、萌々子は電話をとった。

「はい。」
「望月萌々子さん。あなたは選ばれた戦士だ。ニコレンジャーとなり、悪と戦って欲しい。」
「はい?」
萌々子には、何が何だか分からなかった。
しかし、電話の向こうから伝わる声は、優しく、力強く、萌々子を勇気づける。
「このnico.をかざして下さい。正義の戦士、ニコピンクに変身するのです。」
「分かりました!」
萌々子は素直に声に従った。
その声が正しいと、何故か確信していた。
正面を見る萌々子。
目の前には携帯電話モンスターが迫っている。
萌々子は、勢いよくnico.を振り上げる。
「チェンジ!ニコレンジャー!!」
右手が振り上げたnico.から光の粒が舞い、萌々子の体を包みこむ。
次の瞬間、萌々子はピンク色のバトルスーツに身を包んでいた。
「これが、ニコレンジャー?」

「ぬああああ!」
敵のモンスターは間合いに入ると、ニコピンクに襲いかかった。
ニコピンクは先ほどの少女を抱きかかえると、ひらりとかわしてモンスターの背後に回りこんだ。
モンスターは目の前から標的を見失い、勢い余って床に倒れこむ。
「秋子ちゃん。あなたはここで待っててね。」
ニコピンクは、奥の階段まで少女を連れて行き、そこに立たせると、頭をなでながら言った。
少女は無言で、こくりとうなずいた。
モンスターはニコピンクを探してあたりをきょろきょろと見回していたが、後ろを振り返り、その姿を確認した。
「そんな所に逃げたか!ぬああああ!」
またしても、ただ単に突っ込みをかけてくるモンスター。
その時、また声がした。
先ほどの男の声だ。
「ニコピンク、ニコロッドを使うのです。」
「ニコロッドね、OK!」
ニコピンクは右手のnico.を構えると、大きく一声、ニコロッドを発動させた。
「ニコロッド!」
ピンクのnico.が大きく伸びる。
その周囲には、神聖な輝きが広がる。
「何だそれはぁ!」
そこへモンスターが襲いかかる。
ニコロッドを正面に持ち、構えるニコピンク。
5m、…3m、…1m。
来た。
「今です、ママピンク!」
「やああ!ニコスマッシュ!」
ニコピンクは、モンスターが折りたたみを開け覆い被さろうとしたその瞬間、大きくニコロッドを振り上げ、その液晶画面らしき部分を叩き砕いた。
『がちゃああああん!』
粉々に飛び散るガラス片。
「ぐあああああ!」
電話モンスターは叫び声を上げながら床に転がった。
転がりながら、その体からは黒いオーラが抜けていく。
「はぁぁぁぁ!」
次第に声は小さくなり、そして消滅する。
漂う黒いオーラも、次の瞬間には雲散霧消した。
ニコピンクが見下ろすと、そこにはもはや単なるプラスチックの塊と化した電話機が、無惨に転がっていた。

「ふう。」
肩で息をするニコピンク。
体の向きを変え、先ほどの少女の方を向き声をかけた。
「さ、お母さんが待ってるわよ。帰りましょう。」
少女は、ニコピンクの所へ、ちょこちょこと駆け寄り、その腰に抱きついた。
「うん。」
少女は顔を上げると、ニコピンクに向かってにっこり微笑んだ。

携帯電話売り場の陰。
謎の黒服は、この様子を眺めて笑っていた。
「やはり0円端末は駄目だな。…ふん、ニコレンジャーか…。面白い。」
そう言うと、その体は次第に透明になり、消え去ってしまった。

戦いを終えた萌々子は、店からやや離れたコンビニの角で電話に出ていた。
「ご苦労様です、望月萌々子さん。」
電話の向こうから声がする。
「あなたは誰なんですか?それにさっきの敵は一体?」
萌々子は、nico.に向かって口を開く。
「これは失礼しました。カンパニーW総司令官八剱と申します。先ほどの敵は、悪の組織DASTのモンスターです。」
「カンパニーW…。DAST…。」
「はい。やつらは世界中に悪の電波を満たし、人々を支配しようと企んでいます。それを阻止するのが、カンパニーWの…、そして、ニコレンジャーの使命なのです。」
萌々子は、衝撃に満ちた感動を受けた。
「なるほど!」
「あなたには、ニコピンクとなって平和のために戦っていただきたいのです。」
「はい!分かりました!」
萌々子は力強く応え、そして、終話キーを押した。
見上げると、空には透き通った空がある。
【ニコレンジャーか…。】
右手に握る新しい相棒を見つめ、萌々子はまた微笑むのだった。

(つづく)
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無敵看板娘:勝手シナリオ5 23:59
女優・秋吉冬美。
戦隊ヒーロー物において、悪の女王をやらせたら右に出るものは無いと言われるほどの実力者である。
秋吉さんはオフの日になると、いつも花見町を訪れるのだった。
閑静な住宅街をのんびりと歩く秋吉さん。
ふと、曲がり角の向こうから、深いこくのあるラーメンスープの香りがすることに気付いた。
漂ってくる香りに惹かれ、ふらふらと歩き出す秋吉さん。
曲がり角にまでたどり着くと、あたりをきょろきょろ見回し、ブロック塀の横からそっと顔を出した。

鬼丸美輝は、お得意様の遠藤家の入り口に立ち、にこにこしながらラーメンをおかもちから取り出しているところだった。
「毎度どうも!」
ラーメンを受け取ると、遠藤ママは美輝に尋ねた。
「ところで鬼丸さん、近くでうちの若菜を見なかったかしら?散歩に行ったんだけど、早く帰ってこないとラーメンが伸びちゃうわ。」
それを聞くと、美輝はさっぱりとした表情でさらりと言った。
「じゃ、今から探しますよ。」
そして、目を閉じる。
「…むむむ…、気配は…。む、来た!あれ?」
神妙な顔つきをしながら、美輝は目を開けた。
遠藤ママは心配しつつ、美輝に聞く。
「若菜、いたの?」
「ええ、敏行の気配を感じました。そろそろ来ますよ。…ただ…。」
「ただ?」
「近くに何者かの強いパワーを感じるね。相当強いよ、こいつは。」
「はぁ…。」
遠藤ママはどこまで話を信じればよいものやら、とりあえず空返事をするのだった。

秋吉さんは、そんな様子を遠まきに見ていた。
『鬼丸飯店のラーメン…。はぁぁぁぁ、食べたい…。』
「ラーメン食べたいんですか?」
後ろから突然声がした。
遠藤若菜である。
ちょうど、敏行との散歩の帰りのようだ。
秋吉さんは驚きのあまり、心の中で叫び声を上げる。
『なっ、何故それを!?』
秋吉さんは若菜から一歩離れると、構えをとった。
「やっぱりだ、顔に書いてありますよ。」
そんな秋吉さんに動じることもなく、若菜はにっこり微笑んだ。
『嘘っ!?』
予想外の答えに、秋吉さんの動きが止まる。
『顔?まさか正体がっ!?』
「正体って、何のことですか?」
秋吉さんは、さすがに血の気が引く思いだった。
『この子、すべて見透かしている!ここは、逃げるしか!』
そう思うが早いか、秋吉さんは一歩を踏み込んだ。
しかし、何かに引っ掛かり、その場に転がった。
「んもう敏行、スカートを噛んじゃだめでしょ!」
見ると、若菜の飼い犬である遠藤敏行が、秋吉さんのスカートの裾を噛んでいた。
若菜に頭を叩かれ、敏行はぱっと口を開いた。
「ごめんなさい。何だか敏行がお姉さんのことを気に入っちゃったみたいなんです。」
若菜は秋吉さんのそばによると、勢いよく頭を下げた。
「ほら、敏行も謝りなさい!」
と、若菜に頭を叩かれ、敏行も秋吉さんに向かって深々と頭を下げた。
その様子に、秋吉さんは尻餅をついたまま後ずさる。
「あ!」
不意に若菜は声を上げた。

「やっぱりいたな、敏行。若菜ちゃん、ラーメン、早く食べておいで。」
そこには、おかもちを担いだ美輝が、いつの間にか立っていた。
ふと、足元にしゃがみこんでいる秋吉さんの存在に気付く。
「誰?」
「え?誰…かな?」
よく考えれば、まだ名前を聞いても名乗ってもいない。
若菜は困ってしまう。
「あんた誰だい?なかなか強そうだね。サングラスを取って、顔を見せなよ。」
『しまった!こいつがいたか!』
秋吉さんは前後をはさまれ、逃げ場を失った。
「あ、でも、そのひとさっきから一言もしゃべらないんですよ。」
美輝が謎のお姉さんに迫るのを見て、若菜はあわててフォローを入れる。
「ほほう、一言もしゃべらない、ねぇ…。あんた、この間の!」
若菜のフォローを受け、美輝は何かを思い出したようだった。
はじめはゆらりと体を揺らすと、次の瞬間秋吉さんに向かって襲いかかった。
「正体を見せろ!」
『駄目だっ!!』
逃げ遅れ、思わず顔をかばう秋吉さんだったが、何故か攻撃は届いていなかった。

「だーっ!敏行、邪魔するなーっ!」
顔を上げてみると、敏行が美輝の手に噛みつき、その襲撃を阻んでいた。
『犬!』
秋吉さんはそれしか思いつかなかった。
「何だかよく分からないけど、敏行が逃げろって言ってます!逃げて下さい!」
若菜は秋吉さんのそばに駆け寄ると、そう言って秋吉さんを美輝の向こう、遠藤家の方へ逃がした。
「あ、おい、待て!くそっ、敏行、放せっ!」
獲物が横を素通りすることとなり、美輝は大声で叫んだ。
「正体見せろ〜!」
そんな叫びを背後に、秋吉さんは脱兎のごとく逃げ去った。

遠藤家前。
美輝が去り、若菜と敏行は家に入ろうとした。
しかしその時、向こうからやってくる人影に気がついた。
「あ、さっきのお姉さん。」
秋吉さんはお礼を言おうとするが、一瞬躊躇し無言で立ち止まる。
「声を出したら正体がばれちゃうんですか?」
若菜は秋吉さんの様子を察し、口を開いた。
「正体がばれそうになって、鬼丸さんのラーメンが食べられなくなったんですね?」
『何でこの子は、何もかも分かっちゃうの!?』
すべてを言い当てられ、秋吉さんは大口を開けて驚きを見せた。
「あ。あの、強い人の気迫って言うんですか。声が見えるんですよ。」
秋吉さんの心からの問いに、若菜はもじもじと答えた。
「ね、敏行!」
急に話を振られた敏行だが、そのままこくりとうなづいた。
『すげえ、ビーストマスターだ!』
秋吉さんは驚きっぱなしである。

「あの、明日うちにラーメンを食べにきませんか?鬼丸さんに、また出前を頼みますから。」
若菜は、背を向けて立ち去ろうとする秋吉さんに声をかけた。
『え!いいの!?』
一瞬のうちに、秋吉さんは若菜の肩をつかんでいた。
「はい。お母さんに頼んでおきます。」
それを聞くと、秋吉さんは感動のあまり目に涙を浮かべる。
サングラスで見えないが。
『ありがとう!』
そう心で叫びながら、秋吉さんは若菜の手をとり、ぶんぶんと振るのだった。

次の日。
美輝はいつものように元気よく、遠藤家の前にやってきた。
「ちわー、鬼丸飯店でーす!」
しかし、その玄関前にはいつもと違う顔が待っていた。
秋吉さんである。
『どうも!』
のほほんと手を挙げる秋吉さん。
「お前は!何でここに!?」
美輝は入り口に仁王立ちになると、秋吉さんにおかもちを突き付けた。
「今日は、一緒にラーメンを食べるんで、来てもらったんですよ。」
若菜はにっこり笑ってフォローした。
その隙に、秋吉さんはるんるん気分でおかもちからラーメンを取り出そうとする。
しかし、美輝はその行動を見逃さなかった。
瞬時におかもちに駆け寄り、勢いよく持ち上げた。
「お前に食わせるラーメンはないね!」
『ええっ!』
目の前で楽しみにしていたラーメンを取り上げられ、秋吉さんのどこかにスイッチが入り始めた。
『ゴゴゴゴゴゴ…。ラーメン…。』
すさまじい気迫が秋吉さんを包む。
『ラーメン…。ラーメン…。ラーメン!!』
「何だと!?」
その気迫に、さすがの美輝も一瞬たじろいだ。
しかし、そのパワーを前に、美輝の闘争心にも火がついたようだ。
「いいだろう、そんなに食べたければ、このあたしを倒してから食べるんだね。」
こぶしを握り固めながら、美輝は秋吉さんの前に立ちふさがった。
秋吉さんはそんな台詞には耳も貸さず、全身のパワーを込めて必殺技の体制に入る。
『一撃で決めてラーメンを食べる!秋吉流闘技!』
美輝もすかさずそれに対応した。
「鬼丸流葬兵術!」
二人は一気に間合いをつめる。
『魔王し…。』『牛角ひ…。』
そして、二人が力強く踏み込んだ瞬間。
「二人ともやめなさい!!」
若菜の、二人を上回る気迫が、激突を中断させた。
まさに野獣のようなパワーを発揮する二人だからこそ、ビーストマスターの声には、無意識で従ってしまうようだ。
「喧嘩してたら、せっかくのラーメンが台無しになっちゃうでしょ!」
「『はい、ごめんなさい…。』」
美輝と秋吉さんは、何故か若菜の前に正座をして反省していた。

そして…。
秋吉さんは、遠藤家の食卓に混ざって、ラーメンにありつくのだった。
『いただきます。』

一方、美輝はと言うと。
「くっそー、あの女、次は正体を暴いてやるう。」
遠藤家の前で地団駄を踏んでいた。
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無敵看板娘:勝手シナリオ4 08:02
鬼丸飯店のお得意さん、遠藤家前。
鬼丸美輝は、遠藤家のお母さん・遠藤真由美から空になった丼を受け取り、岡持ちに入れている。
「ごちそうさま、鬼丸さん。とてもおいしかったわよ。またよろしくお願いね。」
「いやあ、なんのなんの。ウチのラーメンは天下一品だからね。」
美輝は後ろ頭をぽりぽりやりながら笑った。
「くんくん。」
ふと、美輝は辺りを包む香りに鼻惹かれた。
「今日はカレーですか?」
「ええそうよ。」
遠藤ママはにっこり笑う。
それを聞いているようないないような調子の美輝は、続けてこう言った。
「いいなぁ。…一度でいいから食べてみたいなぁ」
『ええっ!?』
遠藤真由美は、心の中で大声を上げていた。

「鬼丸さん、カレー食べたことないの?」
「いやぁ、うちのメニューにカレーはないっすから。」
「あ、お店のメニューじゃなくって、普通にご飯でってことよ。」
予想外の返答に、遠藤ママはあわててフォローを入れる。
しかし、美輝は首をぶんぶん振りながら、そのフォローを否定した。
「ウチでは、店に出てないものは食べたことないんすよ。」
さすがの遠藤ママもこれには驚いた。
「ええっ!?じゃ、じゃあ、毎日ラーメンとチャーハンなの?」
「あと餃子っすよ。」
美輝は糸目になりながら答えた。
顔は遠藤ママの方ではなく、遠藤家の台所を向いている。
「でっ、でも、学校の給食では食べてるんでしょ?」
「給食っすかぁ…。」
美輝の表情がみるみるうちにしょぼくれてくる。
「残念ながら一度も…。」
「ええっ!?」

美輝の回想が始まる。
小学校時代、教室の入り口前。
給食の運搬ワゴンが置いてある。
教室内では、めぐみが美輝に訴えかけている。
「鬼丸さん!そこをどきなさい!みんなが給食を食べられないでしょ?」
美輝は、配膳台の前の机に腰かけ、膝を立てて腕を載せ不敵に微笑んでいる。
「ふっ、このカレーはあたしのモノさ。お前達にやる分はないねぇ…。」
その時、美輝の両肩に誰かが手をかけた。
「誰だっ!?」
反射的に美輝は振り返った。
そこにいたのは…。
「げっ、先生!」
先生は、美輝に顔を近付けると、にこにこしながら言った。
「鬼丸、一人占めはいけないよ。バツとして今日の給食は抜きだ。」
「ええー!」
涙目になって声を上げる美輝だった。
回想終わり。

「何故か、昔からカレーには縁がなかったんすよ。」
美輝がうなだれていった。
『それ、自業自得だから!!』
遠藤ママは心の中で叫んでいた。
美輝はため息を一つ。
「んじゃ、カレーが食べたくなったんで、これで!」
おもむろに美輝は左手を振り上げると、遠藤家に背を向けてのそのそと歩き出した。

交番。
権藤さんと坂田さんが、今まさにカレーを食べようとしている。
両手のひらを合わせる二人。
「「いただきます。」」
「カレー、いいなぁ…。」
突如として、美輝の首が権藤さんの横に突き出された。
ぎょっとして、スプーンを置き飛びのく権藤さん。
「だ、大戦鬼!?いきなりなんですか?」
「カレー食べてみたいなぁ…。」
権藤さんのことなど気にも留めずに、うつろな目をして美輝はつぶやいた。
あまりにも空虚なしゃべり方なので、権藤さんも気になり美輝の顔を下から覗き込む。
「大戦鬼??」
美輝はぼんやりと、カレーの皿を見つめている。
そして、何気なくだが坂田さんは美輝と目が合うと、こう言った。
「…んー、鬼丸さん。君は出前中なのかな?」
「はっ!そうだった!」
出前と聞いて、美輝は少し正気を取り戻したようだ。
「カレーを食べたいのなら、おかみさんに頼んだらいいんじゃないのかい?」
落ち着いた表情で坂田さんは言う。
割と美輝のあしらい方は上手だったりする。
「そ、そうっすね。じゃ!」
ちょっとだけ元に戻り、美輝はそそくさと交番を退散するのだった。
「何だったんでしょうかね、あれ?」
「さあねぇ…。」
権藤さんと坂田さんはもやもやとした会話をかわした。

交番を後にした美輝は、ナクドマルドの前を通りかかっていた。
店の周囲には数多くの立看板と路上旗が並び、店の前ではマスコットキャラクターのドマルドが新商品をアピールしていた。
店のガラス窓に張ってあるポスターには、こう記されていた。
『魅惑のスパイス。カレーバーガー新登場!』
看板の前で立ちつくす美輝。
「あれ?鬼丸さん、どうしたんですか?」
背後から美輝に話し掛ける声がする。
鬼丸飯店のお得意様、遠藤家の一人娘・遠藤若菜である。
ちょうど友達と一緒に、二人してナクドマルドから出てきたところのようだった。
「ぬ、若菜ちゃん。」
振り返る美輝。
若菜は、今まで美輝が看板を見ていたことに気付き、にっこり笑う。
「鬼丸さんも、カレーバーガーを食べに来たんですか?」
「…わ、若菜ちゃんは食べたのか?」
美輝は体を小刻みに振るわせながら、若菜の前に立つ。
「は、はい…。」
さすがにちょっと引き気味の若菜。
「うまかったか?」
「え?あ、はい、おいしかったですよ…。」
「そうかぁ…。」
うつむき加減の美輝の左目がかすかに輝いた。
少し心配になり、若菜は美輝に近寄る。
「ど、どうしたんですか?」
尋ねられて、美輝が顔を上げると、その両目には涙が溜まっていた。
「いいなぁぁ…。ちくしょー!!」
そのまま美輝は、泣きながら駆け去って行った。

どこぞの路地。
いつものように、西山勘九郎が挑戦状を携えて、美輝に挑んできた。
「鬼丸美輝!勝負だニ…。」
「カレー!!」
「ぐぼあ!」
これまたいつものように、口上を最後まで聞いてもらえずに、口の中にパンチを一発もらい、勘九郎は地面に倒れた。
「…か、カレー??意味分からんニャ、…がく。」

泣きながらも美輝は、鬼丸飯店のすぐ手前にまで帰ってきた。
しかし、最後に出会ってしまったのは、パン屋の看板娘・神無月めぐみであった。
めぐみは、店の前にポスターを貼っているところだった。
泣きながら走ってきた美輝の目に、そのポスターがはっきりと写る。
『おいしい本格カレーパン。ユエット。』
「ぬがぁーっ!」
美輝は猛然とめぐみの元に駆け寄ると、そのまま飛びかかった。
その瞬間、初めてめぐみが美輝の接近に気付く。
「鬼丸さん!?ぶはぁっ!」
が、そのままノックアウトされ、店の前に倒れた。
「????」
めぐみは、訳が分からぬまま、意識を失うのだった。

美輝は続けてユエットのカレーパンポスターをばりばりと破っている。
その様子を見ていた八百屋・八百黒の太田明彦は、遠まきに声をかけた。
「…美輝ちゃん、何やってんだ?」
「太田さぁん…。」
美輝は涙を流しながら太田を振り返った。
「カレーが食べたいよぅ…。」
「は?」
太田は、ぽかんと口を開けるばかりだ。

「何だ。そりゃ、おかみさんに頼むしかないだろ。」
太田は美輝の話を聞き、頭を掻きながら言った。
「うん、分かった。頼んでみるよ。」
美輝は涙を拭いて、鬼丸飯店の入り口を見据える。
「ああ、頑張りな。」
太田は腕を組みながら、力強く美輝の後ろ姿に声をかけた。
美輝はそのままずんずんと自分の家に向かうと、力いっぱい入り口の戸を引いてこう言った。
「母さん!ラーメン屋なんかやめてカレー屋にしようよ!」
その姿は太田の位置からは見えなかったが、きっと満面の笑みを浮かべていたにちがいない。
そして、次の瞬間。
「馬鹿なこと言ってるんじゃないよ!」
怒声と共に、美輝が入り口から外に殴り飛ばされて出てきた。
地面をごろごろと転がる美輝。
入り口からやや離れたところに立っていた太田の足元にまで転がってくると、見下ろす太田の顔を見上げ、右手を差し上げながら一言。
「カレー…。」
と言うと、崩れ落ちた。
それを見届けた太田も一言。
「おいおい。」
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無敵看板娘:勝手シナリオ3 00:15
中華料理鬼丸の店内。
お昼前で客足はまだない。
入り口から隣の八百屋の太田明彦が入ってくる。
「こんちは〜。今日はひどい雨っすね。」
「ああ、あきちゃん、こんにちは。外はそんなにひどいのかい?」
厨房でてきぱきとラーメンを作りながら、鬼丸飯店のおかみさんが尋ねた。
「ええ。今日は止みそうにないですね。」
そんな返答を聞きつつも、おかみさんは慣れた手つきでラーメンを仕上げ、それらをおかもちに並べていく。
「じゃあ、美輝。雨降ってるから、くれぐれも気を付けて行くんだよ。」
「合点。じゃ、いってきまーす!」
鬼丸飯店の看板娘・鬼丸美輝は、いつもと変わらぬ調子でおかもちをつかみ、元気よく飛び出して行った。

「「ちょっと待てー!!」」
美輝が飛び出した瞬間、太田とおかみさんは、声をそろえて美輝を制した。
美輝は既に、一歩ほど店の外に出ていたが、声を聞き、すぐさまそこに立ちどまった。
「何だよー、せっかく景気よく行こうとしているのにー。」
振り返る美輝の顔は、既に雨に打たれてびしょぬれである。
その様子を見るや、おかみさんは怒鳴り声を上げた。
「美輝!雨だから気を付けなって、さっき言ったばかりだろ!何だい、そのざまは!」
そう言われて、美輝はきょとんとしている。
「え?あたしは、まだ何もしてないよ。何かまずいことでも?」
美輝が首を傾げると、頭にかけた三角布から店内へ、ぼたぼたと水が流れ落ちた。
警告がまったく伝わっていないことを悟り、おかみさんは思わず頭を抱える。
「…まったくこの子は…。いいから、とりあえず中に入んな。」
「へーい。」
美輝は、やる気のなさそうな返事をして、のんびりと店内に戻った。

「なぁんだ、傘をさせってかい。それならそうと最初から言ってくれればいいのに。」
タオルで頭を拭きながら、美輝はからからと笑った。
「あたしはね、雨ごときで風邪をひくほどやわじゃないよ。母さん、心配しなくても平気だって。」
おかみさんは、再び頭を抱えた。
「…あきちゃん…、悪いけど、この馬鹿に何が悪いか、じっくり話をしてもらえるかい?あたしゃ疲れたよ。」
「あ、あはははは…。」
椅子に腰かけるおかみさんを見て、太田はいつもの事ながら苦笑していた。
「そうだよなー。母さん、心配しすぎだよなー。あたしは何にも悪いことをしてないのにさ。」
美輝はまだ、からからと笑っている。

仕方なく太田は、美輝の前に傘を差し出して、説明を始める。
「いいかい美輝ちゃん、おかみさんは、美輝ちゃんのことじゃなくてラーメンのことを心配してるんだよ。」
「ラーメンのこと!?」
「ああ。」
それを聞いた美輝は、母の方を振り向くと、頬を膨らませる。
「何だよ母さん。雨だからって、手を滑らせたりしないから安心しな。」
おかみさんはテーブルに肘を付き、その手で顔を支えながら座っている。
太田は、美輝を片手で制して話を続ける。
「そうじゃないって。おかみさんは、ラーメンの入ったおかもちを雨に濡らすな、って言いたいんだ。」
それを聞き、美輝は再びきょとんとする。
「そうなの?」
おかみさんは、無言でうなずいた。
「なぁんだ、簡単なことじゃないか。」
そう言って微笑むと、美輝は再びおかもちに手をかけ、元気よく入り口に向かった。
「じゃ、改めて行ってきまーす!」

「「待てい!」」
またしても、おかみさんと太田は声をそろえて美輝を制する。
というより、おかみさんは鬼神の如き形相で、美輝の背後に踏み込み、その首根っこをつかまえていた。
「痛たたたた…、何すんだよ母さん。」
美輝は後ろ首をつかむ母の手を押さえてもがいている。
しかし、おかみさんは鬼神の形相を崩さずに言った。
「あんた…、さっきまで何を聞いていたんだい?傘をさせって言っただろ?」
「う、うん…。」
「じゃあ、今、傘も持たずにどうする気だったんだい?」
おかみさんは、美輝の後ろ首をぎりぎりと絞め上げ続けている。
美輝はもがきながらも答えた。
「そりゃ、あたしのスピードを持ってすれば、雨なんかにぬれずに走り抜けられるから…。」
「ほぉう…?」
おかみさんの手に、さらに力がこもる。
「ぎゃー、首、首、つぶれるー。」

美輝は、今度こそ傘を手にすると、やっと出前に出ようとする。
店内を振り返り、おかみさんの目を気にしながら傘を開き、入り口に立つ。
「じゃぁ、いってきまぁす。」
もうすっかり最初の頃の勢いは消えていた。
おかみさんは美輝のそばに歩み寄ると、腰に両手をあてながら、力強く言った。
「いいかい、美輝。何があってもおかもちを雨で濡らすんじゃないよ!いいね!」
「へぇい…。」
「何かあったら、命に代えても雨から守りな!」
「そんなひどい…。」
美輝は、がっくり肩を落とした。
「分かったら返事!」
「へいっ!」
「じゃあ、行ってきな。」
「へいぃ!」
美輝は力強く敬礼をすると、おかもちを右手に、傘を左手に、それぞれ手にして雨の商店街へと出ていった。
太田は、その後ろ姿を見届けると、店内に戻っておかみさんに言う。
「美輝ちゃん、大丈夫ですかねぇ。」
「さあねぇ…。」
おかみさんは、依然として心配な表情だった。

美輝は、傘をさしながら住宅街を走っていた。
「くっそー、傘をさしてると前がよく見えないな…。」
『ごん。』
言っているそばから、電柱に激突する。
「ぐおおおお…。」
額を強打して、思わず左手がそれを押さえようとする。
「はっ!今、傘を離すところだった…。危ねー…。」
美輝は、おかもちと傘を抱き抱えるように持ち直す。

その時だった。
『ちりりん。』
背後で自転車のベルの音がした。
そして。
『ばしゃあ!』
続けて、水たまりをはねる豪快な水しぶきが、美輝の背後に襲いかかった。
「す、すみません。本官としたことが…。あ。」
自転車の主は、すぐさま自転車から降りると、美輝に謝ろうと近寄ってきた。
雨合羽を着てパトロール中の婦警・権藤エツ子だった。
「貴様かぁ、権藤…。」
美輝は、その両目に地獄の炎を宿らせ、近寄った権藤さんをにらみつけた。
口元には牙が見える。
「だ、大戦鬼…。こんな所で何を…。」
「雨だからって、あたしは負けんぞ…。覚悟!」
「きゃああ!」
言うが早いか、美輝は権藤さんに襲いかかろうとした。
しかし、またしても、傘を手放した瞬間正気に戻り、傘を持ち直す。
「あれ?」
権藤さんは、改めて美輝を見る。
美輝は傘をさし直すと、再び権藤さんをにらみつけた。
「ぬがー!」
「ぎゃああ!」
権藤さんは素早く自転車に飛び乗ると、その場から逃げ出した。
美輝は、前方に傘を向け直し、その後を追う。
「待てい、権藤!」
追われる権藤さんは、やや早く曲がり角に到達し、横切った。
傘を前に向けた美輝は、弾丸のようになって、その背後に迫る。
しかし、曲がり角に来た瞬間、美輝は新たな脅威に気が付いた。
後ろから自動車が来ていたのである。
「ちいぃ!」
とっさのことで傘が間に合わず、美輝はおかもちを抱き抱えてうずくまった。
『どばしゃあ!』
泥水が大波となって、美輝に覆い被さった。

鬼丸飯店のお得意先、遠藤家。
家の中では、一人娘の若菜が、飼い犬の敏行の手を引き、立たせて遊んでいた。
「敏行ー、ラーメン遅いね。雨だから、大変なのかな?」
『ぴんぽーん♪』
「はぁい!」
呼鈴が鳴り、若菜の母・真由美は、玄関へと向かった。
『がちゃ。』
玄関を空けると、そこには傘を載せたおかもちが置いてあった。
そして、その一歩後ろに、泥水の塊のようになった美輝が立っていた。
「お、鬼丸さん!?」
「へへ…。おかもちを雨から守りきったぞぉぉ!」
美輝は両腕を天高く振り上げ、豪雨に打たれていた。

所戻って鬼丸飯店。
美輝は入り口の戸を勢いよく開けると、店内に入ろうとした。
「ただいま〜。」
しかし、その姿を見た瞬間、おかみさんはぎょっとした。
「無事、ラーメンは守り切った…。」
「入ってくるな!」
店内への一歩を踏み出そうとした美輝を、おかみさんは強烈なドロップキックで蹴り飛ばした。
『ごしゃああああ!』
店の外から、美輝が水たまりに転がり込む音だけが、店内に響き渡った。
『びしゃっ!』
そして、情け容赦なく、入り口の戸は閉められた。
「うわぁ…。」
太田は、その様子を思わず目を細めながら見ていた。
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無敵看板娘:勝手シナリオ2 04:00
八百屋・八尾黒の店頭。
太田明彦が、額の汗をぬぐって空を見ている。
「いやぁ、今日は暑いなぁ。」
その背後に影が迫る。
心なしか、その影は横長だ。
「まったくだ。もう真夏並のひどい暑さだねぇ。」
「そうか?それほどでもな…、ん!?」
振り返った太田は、そこに見慣れない、しかしどこかで見たことのあるモノを見た。
「また太ったんか!」
鬼丸美輝、というより丸丸美輝と呼ぶにふさわしい物体が、そこに立っていた。

「ふー、いやー、暑いね。ふー。」
美輝は、したたり落ちる汗をぬぐいながら言う。
その周囲だけは、常夏の熱気を放っていた。
さすがの太田も心配そうに話し掛ける。
「どうしたんだ美輝ちゃん。また太ったじゃないか。勘九郎は?」
美輝は疲れて、早速地べたに座り、両腕を後ろについた。
「それなんだよ太田さん。あいつ探してくんないかな、あいつ。えーと、えーと、に…。いいや、めんどい。」
「お前さぁ、太っても頭は使えよ。」
「いやもう、頭も重くて、しんどくってさぁ。」
そういう頭は、すでにあっち側に垂れ下がっている。
そんな美輝の隣に立ち、境目のよく分からなくなった美輝の首を眺めつつ、太田はため息をつく。
「…で、勘九郎はどこへ行ったか、心当たりは?」
「ないよー。近頃店に熱気が足りないなぁ、と思ってて、そういやあいつが最近姿を現さないなぁ、って。」
「そうか…。」
太田は考え込んだ。
彼にも心当たりはまったくない。

その時、向かいのパン屋の入り口が開き、看板娘の神無月めぐみが姿を見せた。
「あら。」
めぐみは一歩外に出たその瞬間、目の前に転がっているモノが何か、瞬時に理解した。
「おほほほほほほほほ!」
次の瞬間、店に戻り、すぐさまクリームたっぷりの菓子パンを抱えて再び出てきた。
「鬼丸さん♪これがうちの新作菓子パンですのよ。たっぷり召し上がって、存分に育ちなさいな。おほほほほほほほほ!」
素早い見のこなしで美輝の前にしゃがみこむと、めぐみは慣れた手つきで美輝の口に菓子パンを押し込み、胴の上に残りのパンを載せていった。
焼きたてらしく、湯気が立っている。
両手を地面についている美輝は、反撃どころか体を起こすこともできず、されるがままになっていた。
「それじゃあ鬼丸さん、ごきげんよう♪おほほほほほほほほ!」
パンを並べ終わっためぐみは、再び目にも止まらぬスピードで、パン屋ユエットの入り口に戻った。
「でぇぇぇぇぶ!」
いやらしさ全開の表情で、いやみたっぷりに言い放つと、めぐみは勢いよく扉を閉め、姿を消した。
「ぬがああああ!もぐもぐ…。」
耐えがたい屈辱に、美輝はもがき苦しんでいる。
と同時に、口に押し込まれた菓子パンは、つい反射的に全部食べてしまっていた。
一通り食べ終わると、美輝は地面に大の字に寝転がる。
「なーーーー!もぐもぐ…。」
再び怒りをまき散らすと、今度は腹の上に載せられたパンをまさぐり、今度はそれを食べた。
太田は突っ込む暇もなくその一部始終を見ていたが、ようやく口を開いた。
「いや、食うなよ。」

すべてのパンを食べ終わった美輝は、依然として地面に寝転がりながら、手足をばたつかせていた。
「くっそー、めぐみのやつ!あたしが痩せたらただじゃおかねー!」
太田はもう呆れて、言うべき台詞もなくなっていた。
そのままくるりと向きを変え、美輝に背中を向けると、左手をひらひらやりながら言った。
「あー、じゃー、ダイエット頑張れよー。」
しかし、それをおとなしく帰らせるような鬼丸美輝ではない。
おもちゃ屋の前で駄々をこねる子供よろしく、すさまじいパワーで手足をばたつかせ始めた。
「何だよー、太田さんひどいよー、こんな可憐な乙女を見捨てるのかよー。」
自称・可憐な乙女のばたつきで大地は揺れ、八百黒店頭の野菜たちは台から転げ落ちるものもあった。

その時だ。
『がらっ。』
「天下の往来で駄々をこねてるんじゃないよ!!」
『ずどぉぉん!』
中華料理・鬼丸の戸が開き、開きざまにおかみさんの大地を砕くかかと落しが、その前に転がる美輝のぷよぷよに膨れ上がった腹の炸裂した。
「まったく、恥を晒すために外に出るようなもんだね。」
おかみさんは、拳を握りしめながら、足元の娘を見下ろした。
その当の娘は、今の一撃をまともに食らいつつもへらへらと笑っていた。
「えへへ…。何故だか、あんまり痛くなかったよ。このボディーも、まんざら捨てたもんじゃないかもねー。」
それを聞き、かちんときたおかみさんは、寝転がる美輝の顎と頬を右手でわしづかみにすると、握力と腕力だけでその体を持ち上げた。
「何が捨てたもんじゃないって?」
その鋭い視線は、まさに鬼そのものである。
高く持ち上げられた美輝の体は、その重さゆえに首を強烈に引っ張り下ろしている。
「痛い痛い、お、おかあさま、首が、抜ける!」
美輝は両手で首を押さえ、そして、下半身はあまりの痛みに空を走っていた。
「だったら、さっさと痩せておいで。」
「は、はいい!」
美輝は、抜けそうな首を左手で押さえつつ、右手で微妙な敬礼をした。
おかみさんは、その体勢のまま太田の方を振り返ると、元の温和な様子に戻ってため息を漏らした。
「すまないね、あきちゃん。そういうわけで、ちょっとこの子のダイエット相手を探してくれないかね。西山くんっていったっけ、あのでかい子。」
あまりの光景に、完全に脱力していた太田だったが、おかみさん直々の頼みに、仕方なく首を縦に振った。
「分かりました、何とか探してみますよ。」

太田は、街中を探し回った。
勘九郎のいそうな所に見当をつけて…。
学校の裏路地、商店街の裏道、飲食店のごみ箱、マンホール、遠藤敏行の家…。
どこにも勘九郎の姿はない。
そして、河川敷の土手。
向こうから、婦警の権藤エツ子さんがやって来た。
今日は非番なのか、Gジャンにキュロットという、私服姿だった。
「こんにちは太田さん、きょろきょろして、落し物でも?」
権藤さんは、にこやかに尋ねた。
「ああ、いいところで。実は勘九郎を探してるんだけど、行方不明なんだ。」
太田は、後ろ頭を掻きながら言う。
権藤さんはきょとんとした表情で答えた。
「え?西山さん…、ですか?さっき会って来ましたよ。」
「え!ど、どこで?」
「病院ですけど…。」
「病院!?もしかして、美輝ちゃんにいつの間にかやられていたのか!?」
「あれ?この間、鬼丸飯店でガス爆発がありましたよね。あれからずっと入院してますけど…。」
「ああ!」
太田は、すべてのいきさつを察した。
思わず手のひらを拳でぽんとやってしまった。

病院。
美輝は、権藤さんと太田に付き添われて、西山勘九郎の入院している病室に来ていた。
パジャマ姿の勘九郎が、ベッドにいる。
「まったく、お前らも薄情だニャ。自分たちばっかりさっさと退院して、俺のことは忘れてるとはな。」
「いや、すまん。」
太田は、バツが悪そうに謝った。
「…ていうか、何で明彦や神無月めぐみは3日で退院して、俺だけ一カ月なんだニャ…。」
勘九郎は何か一人でぶつくさ言っている。
そこへ、美輝が汗をかきかき割って入る。
「そんなことはどうでもいい!お前はいつ退院するんだ?」
「な!?」
あまりに熱気のこもった台詞に、勘九郎は衝撃を受ける。
「あたしは、お前がいないと困るんだ。さっさと退院して来い!」
「いやいやいやいや…。」
太田は即座に突っ込みを入れた。
だがしかし、美輝は聞いているはずもなく、それどころか、勘九郎は感動して涙を流していた。
「お、鬼丸美輝…。お前の口からそんな台詞が聞けるなんて、俺は、俺は…。」
美輝は、勘九郎の前に仁王立ちになると、その丸太のようになった腕で、ハムのようになった胸を叩いた。
「どうした、何ならここでも相手になるぞ、かかってこい!」
「お、おう!」
言うが早いか、勘九郎はベッドから起き上がり、美輝に向かって飛びかかった。
とっさに権藤さんは止めに入る。
「ちょっと、ここは…。」
『どごおおん!』
哀れなことに、止めに入った権藤さんは、丸太のような美輝の腕によって、殴り飛ばされてしまう。
その隙に、勘九郎はどこからか挑戦状を取り出し、美輝に向かって言い放った。
「鬼丸美輝!勝負だニャ!」
その瞬間、美輝の両目が不敵に輝いた。
『鬼丸流葬兵術!丸太王降臨!!』
美輝はその膨れ上がった体重をかけて、勘九郎にのしかかった。
いわゆる、フライングボディプレスである。
または、フライングスモウプレスとも言う。
「ぎゃああああ!」
勘九郎の叫びが、病室にこだました。

所変わって、八百黒前。
権藤さんが疲れきった表情で太田と話している。
「ほんと、災難でしたね…。」
「ああ、勘九郎も、退院が結局来月になったしな…。」
「…じゃあ大戦鬼も…。」
権藤さんは横目に振り返る。
「ああ、しばらくあのままだな…。」
太田も権藤さんの頭の向こうに視線をやる。
そこには、丸太のような美輝が、伸びていた。
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